信濃大町塩の道マップ

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塩の道と信濃大町

塩の道 
塩の道「千国街道」は、松本平から北アルプス山麓を経て新潟県糸魚川に至ります。
その歴史は古く、古事記の神話や「敵に塩を送る」という言葉に残っている上杉謙信と
武田信玄の伝説などに通じるほどです。
かつては勾玉に使用されるヒスイが運ばれ、650年以上前の記録では「仁科千国口」と
も呼ばれ、山国信州と日本海側を結ぶ重要な路線を使って、北陸や越後方面から塩や海
産物が運ばれていました。
当時、牛や馬が使われ、歩荷(ぼっか)と呼ばれる運搬人にも頼って物資が運ばれてい
ましたが、いにしえの道は今、かつての荷物に代わり歴史や文化、ロマンを運んできてく
れます。
その街道にあって宿場町として栄えた信濃大町で、「塩の道歩き」をお楽しみください。


 
歴史と展望の街を歩く
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文化と水の街を歩く 
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塩の道見て歩き


【塩の道ちょうじや】
 大町は宿場町として栄え、そこで塩問屋であった旧平林家は、当時の姿を今に伝える貴重な建物として
現在、「塩の道ちょうじや」となり、見学できます。貴重な建物と資料の保存により、塩の道の歴史と文化を守っているほか、観光拠点、多目的施設などとして活用されています。塩の道が海と陸をつないだのと
同じく、時代や人や地域を「つなぐ」施設となっています。

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【牛立山薬師寺】
 静御前が夫の源義経を訪ね奥州へ向かった際、乗っていた牛が疲れて突然座り込み、「牛や立て、牛や
立て」と言ったのが「牛立山」の由来とされています。大町を治めていた仁科氏の屋敷から丑の方角にある寺であることが名の由来という説もあります。寺院の後側には静御前の墓といわれている墓碑があり、
「勧融院静円妙止大姉、文治五巳酉年九月二十三日」と刻まれています。

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【佐々屋幾神社】
 安曇の地を開拓したという仁品王が、宮本に仁科神明宮を建立し、その参拝時に家臣であった日光白水朗の妹で、この神社の御祭神となる妹耶媛を見初め、神社のある場所で愛を私語(ささや)いたいう伝説が残っています。その後、私言(ささやき)が佐々屋幾(ささやき)と変化しし、現在の神社に名がついたとされて
います。塩の道沿いの森のなか、厳かな雰囲気を持つ伝説の地。

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【北アルプス】
 大町市は北アルプスの麓に位置し、槍ヶ岳へ続く登山ルート「裏銀座」の玄関口で、日本最古の山岳ガイド組織「大町登山案内人組合」を有する岳都。塩の道を歩けば数々の名峰を望む絶景が広がり、各所に写真撮影スポットがあります。また、山々は季節によって姿を変え、春の雪形から夏の深緑、秋の紅葉、真っ白な雪山まで、様々。四季の風景をお楽しみください。

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【盛蓮寺観音堂】
松本平最古、室町時代の特徴を持つ寺院建築国の重要文化財で、文明2年(1470)に建てられた三間四面、寄棟造り、茅葺形銅板葺きで、堂全体が阿弥陀堂形式の建物です。鎌倉時代の本尊・如意輪観音像(市指定文化財)と不動明王、室町時代の薬師如来像(市指定文化財)など貴重な文化遺産も所蔵しています。

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【仁科神明宮】
平安時代に伊勢神宮の庄園を守るため、仁科氏により祭られた神社で、国宝の本殿、中門、釣屋は、日本最古の神明造。室町時代初めから現在までの遷宮の様子を伝える棟札や鎌倉時代に造られた銅製の懸仏、
銅鏡、社印なども残されています。1000年以上にわたり20年に1度の遷宮が行われ、往古からの伝統行事のうち古式作始めの神事や秋の大祭時の神楽も毎年とり行われています。

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【仁科三湖】
 木崎湖、中綱湖、青木湖からなる仁科三湖は北アルプス山麓唯一の天然湖です。県内有数の透明度を誇る青木湖、西側に群生するオオヤマザクラが美しく湖面に映る中綱湖、ウォータースポーツが楽しめる木崎湖と、それぞれに違った魅力があります。葛温泉から引湯された木崎湖温泉も近く、温泉とプールが楽しめるゆ〜ぷる木崎湖も人気。

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【森城址】
 平安時代の後期、大町周辺を治めていた仁科氏が戦乱などに備えて木崎湖畔の半島状になった地形を利用して築いた「水城」が森城で、現在は城址として保存されています。かつての本丸城の跡には、仁科氏や
明治以降の戦没者を祭る仁科神社があり、境内には承久の変で鎌倉幕府軍と戦った仁科盛遠の顕彰碑や
古い塚、歌碑などもあります。

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【弾禅寺】
 鎌倉時代中期、仁科氏の居館とともに現在の場所に移され、祈願寺となったといいます。各地に多くの仏像を残した木食山居上人が、観音堂の床下で入定したとの古い伝承が、近年の発掘調査によって確認されました。仁科氏滅亡後の江戸時代初期、弾誓上人により再興されるも明治4年、廃仏毀釈により廃寺に。その後、曹洞宗寺院として再び興されました。

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【若一王子神社】
仁科氏によって、町屋の裏側に飲料水である鹿島川の水、表に町川が流れる街がつくられ、この水を分配する要に、繁栄を願って若一王子神社が置かれ、仁科氏が信仰していた熊野権現那智大社を分社したと伝えられています。三重塔や観音堂もあり、神と仏を一体とする「神仏習合」の色が見えます。毎年、全国でも珍しい子どもの流鏑馬などが行われる夏祭りが開かれています。

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【町家】
 街道の宿場町として栄えた大町には、町家造りの建物が多く残り、時代を飛び越えたような雰囲気が楽しめます。町家は間口が狭く奥に長い「うなぎの寝床」と呼ばれる造りが特徴で、季節によって建具を換えるなど機能と美しさを兼ね備えた独特の雰囲気が味わえます。市内には塩の道文化を紹介する「塩の道ちょうじや」、地域の食が楽しめる「わちがい」、老舗酒蔵の市野屋商店などがあります。

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【男清水・女清水】
 西に北アルプス、東に里山と湿原を有する山紫水明の地・大町市は、大きく分けて2種類の水を飲料水にしており、それぞれの特徴から「男」と「女」になぞらえています。市内の商店街東側は標高900mの里山居谷里の湧水「女清水」、西側は北アルプスの上白沢の湧水「男清水」。水を育む自然とともに、名水の違いを楽しんでみてはいかがでしょう。

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塩の道祭り

塩の道まつりは、例年ゴールデンウィークに、北は小谷村から白馬村を経由して、南は大町市まで「古道・千国街道」を結んで行われるイベントです。 往時を偲んで昔の旅姿をしたり、ウォーキングを楽しんだり、写真を撮ったりと、楽しみ方は様々。地元住民からの歩荷汁、漬物等の振舞いや記念品のプレゼントなども魅力です。 年に一度のイベントで、塩の道を満喫ください。

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いにしえの街道と「塩の道ちょうじや」

 塩の道にあって、大町は宿場町として栄えました。塩問屋であった旧平林家は当時の姿を今に伝える貴重な建物で、「塩の道ちょうじや」となり、かつての時代を今に伝えています。
当時、物資運搬には、牛や馬が使われ、ボッカと呼ばれる運搬人にも頼っていました。いにしえの道はかつての物資に代わり、今は歴史と文化、ロマンを運んできてくれます。
当館は、貴重な建築物と資料の保存により時代をつなぎ、観光拠点として人をつなぎ、文化事業などで世代をつなぎ、多目的施設として地域をつないでいます。
塩の道が海と陸をつないだのと同じく、時代や人や地域を「つなぐ」施設が”塩の道ちょうじや”です。

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