正和元年(1312)大井美作入道玄慶開基。
開山は天仲国師、臨済宗大智山と号し字羽毛平にあったが、文明十六年(1484)大井宗家が村上氏の攻略により滅亡し町とともに寺も焼滅。その後、上州後閑長源寺祥貞禅師が入寺。宗派を曹洞宗に改め現在地に再建した。

天文末期(1551〜1555)佐久郡を制覇した武田晴信が寺に立ちよったところ、当時の住職六世桂空に礼を失した振る舞いがあり、桂空は寺を追放された。
弘治二年(1556)晴信は越後國雲洞庵より北高禅師を招き、中興開山に据え、東山道八州の法窟(修行道場)とし、元亀三年(1572)には千人法幢供養を小宮山丹後守昌友を奉行として執行している。

火災は元正17年(1589)と享保18年(1733)の二度あり慶安元年(1648)寺の荒廃を朝延に上申し寺領四十石を岩尾に賜り以降頼額寺となっている。
戦前境内より武田信玄の遺骨が発掘され霊廟を建てて納めた。
信玄、勝頼はじめ貴重な古文書が多く伝わり山門・楼門・鐘楼など広大な寺域には北高禅師、小宮山昌友の墓などがある古刹である。

山号:太田山
本尊:十一面観音
本寺:永平寺・総持寺
宗派:曹洞宗