”銭は内藤志摩守
裾からボロが下り藤”
岩村田の殿様の姫は器量が悪くて嫁入りできず、湯川のお船の渕に身投げ。これを憐れんだ村人らは祇園祭の折りに不器量を現わす鬼の面をつけた「お船さま」を飾り、祇園さんが町角を曲がってみえなくなると、お船さまの屋台を側立てた十メートルもの棒とともに地面に落として分かれを惜しんだ。
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文政二十八年(1829)に藩主が野沢村の豪農の並木七左衛門に淀川産の鯉を与えたのが、「佐久鯉」の養殖の始まり。
佐久鯉が美味しいのは佐久の水の良さにあり。一冬を池で過ごした鯉は泥臭さが抜け、身のしまった独特の味になる。 |
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