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月刊中小企業レポート
更新日:2009/3/20

特集
飯田下伊那地域における
地域活性化の取り組みと中小企業の役割

 伊那谷の穏やかな気候と、豊かな自然に恵まれた飯田下伊那地域。「民俗芸能の宝庫」ともいわれる豊富な地域文化遺産が残されている地域で、特に農業と観光を組み合わせた「グリーンツーリズム」では全国のモデル地域として注目を集めている。産業面でも水引に代表される地場産業をはじめ、電機・精密・輸送などの製造業が盛んだ。しかし近年、少子高齢化に加え、深刻な経済不況により活力にかげりも見える。本特集ではそんな飯田下伊那地域の現況と、地域活性化への取り組みについてレポートする。

長野県の南の玄関口、南信州。

飯田下伊那地域は県内で最も温暖で、南アルプスをのぞむ豊かな自然に恵まれた、長野県の南の玄関口。南信を代表する10万人都市・飯田市をはじめとする15市町村(平成21年3月31日阿智村・清内路村の合併により14市町村に)で南信州広域連合を形成し、広域行政を推進。観光振興においても「南信州」として一体的な取り組みを積極的に行っている。
 地域を貫く天竜川の流れがつくりだした名勝天竜峡をはじめ、渓谷、温泉など、自然資源は豊富。りんごがとれる一方で、お茶の産地でもあるというように、気候的には日本の南北の境目に位置する。
 一方、文化的には東西の交流点とされ、さまざまな文化が融合した独特の文化を生み出してきた。遠山郷の霜月祭り、新野の雪祭り、大鹿歌舞伎、今田人形、黒田人形、早稲田人形、瑠璃寺の獅子舞など、民俗芸能と文化の宝庫として全国に知られる。地域文化を大切にする伝統は、いいだ人形劇フェスタ、アフィニス夏の音楽祭などにも脈々と受け継がれている。

商業の現況

商業は平成19年商業統計調査速報値によると(図1)、卸・小売業商店数2,366店、商品販売額3,278億円。平成16年調査と比べると商店数で6.4%、販売額で3.1%、それぞれ減少している。個人消費の低迷、価格競争の激化、大規模小売り店舗の出店や営業時間の延長、加えて経済危機による地域経済の落ち込みと、中小小売店は非常に厳しい経営環境に置かれている。
 同地域はもともと飯田市が商業の受け皿になり、あまり商圏が動かないのが特色。しかし郊外大型店の売上げがかなりの部分を占めるようになり、飯田市中心街の商業集積の落ち込みが深刻化している。いわゆる「シャッター通り」の中で頑張っているのは、ネット販売などで実績を上げている店だけともいわれる。多様化する消費者ニーズを的確にとらえた商品の提供と販路開拓、販売方法の工夫、個性ある店舗づくりなど、多くの課題を抱えている。

工業の現況

 平成18年工業統計調査によると(図2)、事業所数は627、製造品出荷額等4,033億円。主力の機械系6業種(機械、電気機械、情報通信機械、電子部品・デバイス、輸送、精密)で製造品出荷額の約3分の2を占める、製造業主体の地域だ。もともと下請け・孫請けの企業が多く、特に昨年来の深刻な経済危機により、自動車産業の下請け・孫請けを中心に非常に厳しい状況にある。
 また水引・半生菓子・凍豆腐・漬け物といった、地場産業関連の企業が多く立地しているのも同エリアの特色だ。水引の生産額は約80億円にのぼり、全国シェアは約7割を占める。冠婚葬祭の簡素化などにともない、従来の需要だけでなく、ラッピングの提案など新しい分野での需要掘り起こしを積極的に展開している。
 半生菓子は飯田発祥といわれ、菓子をはじめとする食品製造に関わる中小・零細企業は多い。時代の変化を受け、旧来の半生菓子にとらわれない新しい菓子づくりに組合をあげて取り組んでいる。もっとも企業によってばらつきがあり、大きな伸びにつながっていないのが現実だ。

観光の現況

同地域の観光地は小規模分散型で、中京・東海方面を中心にした県外客が7割、また日帰り客が8割を占めるいわゆる通過型観光地。昼神温泉(阿智村)が観光消費額の4割近くにのぼり、平成14、15年を境に観光客数、消費額とも減少傾向が続いている(図3)。
 平成13年1月に設立された南信州観光公社を中心にエリア一体となって観光振興に力を入れ、全国でも先がけて体験教育旅行や農業体験と観光を組み合わせたグリーンツーリズムの振興に着手。地域の特性を活かした体験型・交流型の観光事業の開発、育成を積極的に推進し、滞在型、リピーター型の誘客に努めている。
 数百年受け継がれる各地の民俗芸能や祭りなどの地域資源を活かした観光にも取り組みはじめている。

“誇りあるまち”の再生をめざして。
 中心市街地再開発に取り組む(株)飯田まちづくりカンパニーの奮闘。

おしゃれな街並みへと生まれ変わった「丘の上」中心市街地

 飯田市はかつて小京都とよばれる美しい城下町だったが、昭和22年4月の大火により市街地の大半を焼失。その後、「りんご並木」に象徴される都市計画に基づく整然とした緑の街路がつくられ、防火モデル都市として全国に誇るまでに生まれ変わった。
 そのにぎわいの中心が「丘の上」とよばれる中心市街地。商業や文化などの情報発信地であり、伊那谷随一の繁華街として飯田が誇る存在だった。しかしモータリゼーションの時代となり、人々のライフスタイルが車中心に急速に変化。郊外型大型店の進出、商業施設の郊外への移動などにより中心市街地が空洞化し、かつてのにぎわいは失われていった。
 そんな衰退の一途をたどっていた中心市街地が今再び、にぎわいを取り戻しつつある。
 飯田市のシンボル、りんご並木のある区域に平成13年、住宅・店舗・公共施設の複合施設「トップヒルズ本町」が竣工。そして平成18、19年には分譲マンション「ヴィスタパレス銀座」、飯田信用金庫、川本喜八郎人形美術館など4つの棟で構成される「トップヒルズ第二」、住宅・店舗オフィス・健康福祉施設が入る「銀座堀端ビル」がそれぞれ完成した。
 中心市街地がおしゃれな街並みへと生まれ変わり、居住人口が増加すると、民間マンションの建設や、店舗の出店・リニューアルを誘発。さらにまちなか観光、モーニング・ウオーク、りんご並木への花植え、中央公園へのビオトーブ設置などの市民活動や、民間による循環バス「チンチンバス」の試行、りんご並木歩行者天国の実験などに波及している。

地権者主導でまちづくり会社を設立。行政も巻き込んで再開発事業を推進


三連蔵

飯田市の本町1丁目、通り町1丁目、銀座3・4丁目の約1.3haにおよぶ新しい街は「橋南第一地区市街地再開発事業」(平成13年完成)、「橋南第二地区市街地再開発事業」(平成18年完成)、「堀端地区優良建築物等整備事業」(平成19年完成)の成果。それを手がけたのが、飯田市も出資するまちづくり会社「(株)飯田まちづくりカンパニー」だ。形の上では第三セクターだが、常勤社員6名を中心に民間会社として運営している。
 「もし再開発をしなければ、既存店舗の多くがシャッターを閉めていたのではないかと思います」と同社の三石秀樹取締役事業部長。再開発ビルには31の店舗・オフィスが入り(地権者3店舗)、近くにある築160年の蔵を活かした商業施設「三連蔵」の4店舗など、周辺にも新しい店舗が増えた。また、各再開発ビルに設けられた84戸の分譲住宅はすべて入居済みだ(権利者15戸)。
 中心市街地の衰退に危機感を抱いていた地権者などから、町を再生しようという声が起こったのは平成5年のこと。平成9年地区を数ブロックに分けて段階的に再開発事業を行うこととし、橋南第一地区市街地再開発準備組合を設立。平成10年に事業主体である(株)飯田まちづくりカンパニーがスタートした。三石部長は当時を次のようにふり返る。「再開発事業は大手デベロッパーが受け皿になるのが一般的な手法ですが、それでは地元にノウハウもお金も残らない。ならば自分たちでまちづくり会社を興してやろうと、中心のメンバー5人が出資し、資本金1000万円でスタートしたのです」。
 翌11年には飯田市が3000万円を出資。さらに日本開発銀行、市中金融機関、商工会議所のほか、法人25社・個人15人からの出資を加え、2億1200万円に増資した。また同年、中心市街地活性化法によるTMO(タウンマネジメント機関)にも認定され、いよいよ第一地区再開発事業に着手。以来平成19年まで3期にわたる再開発事業を推進してきた。

不動産から住宅供給、イベントまで、総合的にまちづくり事業を展開

同社事業は中心市街地活性化支援を目的とするさまざまな領域に広がる。
(1)本部事業
  不動産販売・管理・賃貸などのデベロッパー事業および、まちづくり調査・研究・開発事業。都市型住宅および高齢者向け分譲・賃貸住宅の建設・供給も手がける。
(2)市街地ミニ開発事業
  空き店舗や倒産店舗を買い取り、補助金を得てテナントミックスのビルを建設するなど、空き店舗対策とミニ再開発。また歩いて楽しい街並みにフィットした駐車場整備(市との共有、企業からの借り上げ、自己所有など)も行う。
(3)物販・飲食事業
  飯田の大火を乗り越えた歴史的建造物「三連蔵」を店舗、ギャラリー、レストランとして再生し、市からの委託を受けて経営する。
(4)イベント・文化事業
  同社内に事務局をおく市民団体「IIDA WAVE」の活動を支援し、音楽イベント「ミュージックウェーブ」、映画上映会「シネマウェーブ」などを実施。平成12年から毎年開催しているミュージックウェーブからは現在プロとして活躍するシンガーソングライター、タテタカコが育った(第1回グランプリ受賞)。さらにランナーズウェーブ、ウオーキングウェーブなど健康分野にも事業領域が広がっている。
(5)福祉サービス事業
  介護付老人用賃貸住宅「アシストホームりんご」「テラス堀端」を建設。
 さらに起業支援や地域活性化に向けた事業を行うNPO法人「いいだ支援ネット イデア」の活動サポートや、トップヒルズ本町に隣接する「MACHIKAN2002」でのショップ支援も行っている。MACHIKAN2002はそば店や美容院、雑貨、ペット雑貨、写真などの店が入居するショッピングビル。1区画2、3万円と家賃を低く抑え、起業をめざす人に大人気だという。

「これからのまちづくりは環境」-「環境モデル都市」の中心的役割を担う

かつてのにぎわいを取り戻しつつある丘の上中心市街地。まちづくりの成功モデルとして全国から視察団が訪れ、同社には他地区から再開発支援の依頼も舞い込む。

 「街がきれいになって良い店ができ、人が歩くようになれば、誰でもうれしいもの。かつて再開発に大反対だった人たちからも支援の相談を持ちかけられます」と三石部長は明かす。もっとも、同社の取り組みはどこでも通用するわけではないとクギを刺す。
 「地域によって条件は千差万別。当社をそのままマネするのではなく、良い所取りをすればいいのではないでしょうか。また当社は独自の事業を持っていますが、会議所主導のTMOはその性格からどうしても行動範囲が限られソフト事業に偏りがち。まちづくり会社は会議所の中であっても別の組織でやるべきだと思いますね」
 厳しい不況の中、同社は今後さらにテナント店の経営への助言に力を入れていく考えだ。また環境への取り組みも大きなテーマだ。
 飯田市は平成8年「環境文化都市」を宣言し、積極的に環境づくりを行ってきた。それをベースに太陽光や木質ペレットなどを活用して地域内に熱供給する「タウンエコエネルギーシステム」などを構想し、平成20年「環境モデル都市」(内閣府)の認定を受けた。同社は太陽エネルギー利用などエネルギーの地産地消を推進する「おひさま進歩エネルギー(株)」とともに、その事業の中心的役割を担う。
 認定に先がけて完成した銀座堀端ビルは「環境と福祉」がコンセプト。建物の断熱性を高める外断熱工法を採用し、業務施設にはソーラーシステムを導入するなど、飯田市の「環境モデル都市」の重要な要素のひとつとして機能している。
 三石部長は「これからのまちづくりは環境を外しては考えられない」と強調。飯田市、企業、住民などと協働し、環境に配慮したまちづくりへの取り組みを推進していく考えだ。

「南信州」から新しい旅、産業を発信。
 行政と地域、農家が一体となった観光振興と中小製造業の新たな取り組み。

活性化に取り組む観光、産業。地域観光は比較的堅調

 飯田下伊那地域においては、中心市街地再開発で活性化に取り組む飯田市のようなケースは特異なケース。少子高齢化や商店の後継者難など問題が山積する中、なかなか中心市街地活性化計画の策定までいかないのが現実だ。しかし豊富な自然資源を持ち、民俗芸能、文化の宝庫という特色を活かしながら、観光、産業ともに活性化の取り組みが行われている。
 県の観光統計(図3)だけを見ると地域の観光産業は下火のように見える。しかしここには桜守の旅や、農業体験、りんご、なし、いちごなどの果物狩り、水引体験館やドライブインを訪れる観光客の数値は入っていない。大きな消費額を占める昼神温泉などは確かに厳しい状況だが、地域の観光は比較的堅調ともいえる。
 商店街活性化の取り組みでは、松川町のあらい商店街連合会では平成19年、県の「地域発元気づくり支援金」を活用し「べっかん市」を開催した。
 商店街の活性化と観光振興、親子のふれあい、環境にやさしいまちづくりを目的に商店、農家、福祉関係団体、子育て支援団体等が連携。手づくりおもちゃ工作や農産物の販売、フリーマーケットなどのイベントを実施した。商店街活性化と地域づくりを一体としてとらえた取り組みであり、同商店街では今後、環境に配慮した「ECOべっかん楽市」として年4回開催をめざしている。

行政、地域、住民が一体となり観光・農山村振興に意欲的に取り組む

 飯田市南信濃、上村、天龍村、大鹿村のような高齢化が進んだ中山間地域では、行政と地域、農家などの住民が一体となった観光振興への取り組みが盛んだ。
 遠山郷と呼ばれる飯田市南信濃、上村両地区では、住民と商工会が一緒になり「遠山郷神様王国」を展開する。石碑や石神などが多数祀られている地域の特性を活かし、「癒しの空間」として観光客を呼び込もうという事業だ。霊場巡りコースを案内したパンフレットを制作するなど、積極的なPR活動を行っている。
 天龍村でも商工会、地元住民と協力し、JR飯田線を利用して同村を訪れる観光客に特産品を提供するイベントを実施。また商工会と観光協会、天龍農林業公社などが協力し、粉末にしたユズの皮を活用した特産品の開発にも取り組んでいる。
 また南信州観光公社が中心となり、農業体験と観光を組み合わせたグリーンツーリズムも盛んだ。現在宿泊を受け入れている農家は地域全体で約450戸。地域の協力がなくては成り立たない事業であり、地域住民が意欲的に観光事業に参画している好例といえる。
 同地域では「桜守」と呼ばれる桜の案内人が南信州の名桜を案内する「桜守の旅」や、JR飯田線の「秘境駅」を巡るツアーなども企画・実施している。

 一方、阿南町では、地元建設業経営者とその夫人たちによる「企業組合ネイチャーファームあなん」も注目される。平成17年家庭料理のバイキングレストラン「旬彩厨房しゅふふ」を第三セクター施設内にオープン(現在は阿南町の指定管理者として運営)。平成19年度南信州地域づくり大賞奨励賞(地域経済活性化部門)を受賞するなど、新しい農山村振興のモデルとして期待されている。
 また大鹿村でも観光協会を中心に、シカ肉を使ったジビエ料理を地域ブランドとして確立していこうという取り組みが行われている。

CMCの情報発信のメッカに。地域中小製造業の新たな取り組み

飯田下伊那地域は平成20年3月、企業立地促進法に基づく国の同意を受け、1.高精度ものづくり産業、2.食のものづくり産業、3.伝統のものづくり産業の3つを基軸とした産業活性化計画を作成した(図4)。
 ところが企業誘致に力を入れていこうとしていた矢先の世界不況。「今は誘致よりも、既存企業の撤退をいかに抑えるか真剣に考えざるを得ない状況」と、岡沢正明下伊那地方事務所商工観光課長は明かす。

 しかしその中で、地域の中小製造業・地場産業など29社が参加して平成19年発足した「信州CMC活用研究会」の動向は注目される。CMCは元島栖二岐阜大学教授が発見した、髪の毛の10分の1から100分の1の太さの2本の炭素繊維が互いに巻き合った二重らせん構造をなす非結晶質素材。触覚センサーや電磁波吸収材などへの応用が期待されている新素材だ。
 同研究会は顧問に元島教授を迎え、長野県テクノ財団伊那テクノバレー地域センター、県、飯田市などが支援(事務局は下伊那地方事務所商工観光課)。カーボンマイクロコイル(CMC)を産業活性化のキーテクノロジーとし、同地域をCMCの情報発信のメッカにしようと取り組んでいる。
 「さらに注目したいのは農商工連携。農業と工業、農業と商業、農業と観光、観光と産業など、さまざまな連携が考えられる。例えば農林業の省力化という面で、製造業の先進技術が支援できる分野はきっとあるはず。その点でも、この地域には潜在的可能性があるのではないかと思います」(岡沢課長)。
 少子高齢化に加え、まったく出口が見えない大不況の中で、地域の活力をいかに取り戻していくか。まさに今の日本のテーマともいえるが、中山間地である飯田下伊那地域が抱える問題はさらに深刻だ。
 しかしそんな中で、同地域はまちづくり、観光・産業振興など、地域活性化対策を官民一体となって積極的に推進。その取り組みは同様の悩みを抱える他地域の指針にもなっている。そのこと自体が、同地域の潜在的可能性を示しているようだ。


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