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月刊中小企業レポート
更新日:2008/12/20

元気な企業を訪ねて ―チャレンジャーたちの系譜―

「変えねばならぬ、変えてはならぬ」。
北安曇野産米にこだわり基本に忠実で手を抜かない酒造りで、
新たな酒文化を提案する老舗酒蔵の挑戦。


株式会社 薄井商店
代表取締役 薄井 朋介さん


何としても日本酒を残したい。
そんな思いで夢を描きながら

 北アルプスの雪解け水を豊かにたくわえた水の宝庫、大町市。ここでは美しい水と、厳しい自然条件のなかで育つ良質な米を原料に、古くからおいしい地酒が醸されてきた。市には「男水」「女水」という、それぞれ成分の異なる美しい地下水が湧く。市内蔵元のほとんどが「女水」と呼ばれる軟水を使い、それぞれ特徴のある酒を醸している。
 薄井商店は、創業者薄井芳介氏が命名した「白馬錦」の蔵元。明治39(1906)年大町で創業以来100年を超える歴史を刻む。現在の薄井朋介社長で4代目を数える老舗酒蔵だ。
 「私も社長に就任して来年で30年を迎えます」。
 日本酒市場は今「過去例のない苦境に立たされている」。酒類販売免許の規制緩和によって一般酒販店から大手流通業者に販売力が移り、きめ細かなニーズに応えられない状況である。その中で日本酒の販売量は完全に焼酎に追い抜かれ、地域酒蔵の廃業や大手資本の傘下に入るケースが相次いでいるという。
 薄井社長は「我々も生き残るためにはどうすればいいか……。しかし、何としても日本酒を残したい。そんな思いで夢を描きながら、いろいろと工夫を凝らしているところです」と話す。
 同社は平成20年9月、関東経済産業局、関東農政局、関東信越国税局から「地域産業資源活用事業計画」の認定を受けた。
 「日本酒を取り巻く厳しい環境のなかで、何か新しい試みをしようと申請。これからじっくり2年、3年かけて商品化をめざしたい」と話す。

酒造りの基本は変えてはならぬ。
イメージは変えねばならぬ

 同社のこだわりは、基本に忠実で手を抜かない酒造り。酒造米もかつては酒造組合を通して全農から購入していた。しかし「顔が見える米を使いたい」という思いから、試行錯誤を繰り返しつつ、徐々に長野県の酒米[美山錦]を中心に、地元、北安曇野産にシフト。4年前より普通酒の掛米[トドロキワセ]にいたるまで契約栽培をすすめ本年、平成20酒造年度はようやく100パーセント地元、北安曇野産原料米を使用することができるようになった。トドロキワセはかって小谷杜氏たちが掛米として好んで使い、地元では当たり前に栽培され、食べられていた米であるが時代の流れの中でこしひかりなどの銘柄米に埋もれ、県の指定品種からも除外された米であるが、掛米としては安定した米であり、あえて復活させた米である。現在15人ほどの農家に生産を委託しています」。
 同社では年2回、契約農家を集めて勉強会を開催するなど、米づくりにも積極的に関わる。平成21年には県の認定制度「エコファーマー」を申請する予定だ。これは、たい肥等施用技術、化学肥料低減技術、化学農薬低減技術の3つの技術を用い、持続性の高い農業生産方式を導入した農業者に認定されるもの。「有機農産物までは難しいですが、一歩上に上がるというつもりで挑戦します」。
 同社は創業100年を迎えたのを機に、「変えねばならぬ、変えてはならぬ」ことの区別を明確にした。
 「変えてはならぬ」ことは、酒造りの基本。地元産米へのこだわりもそのひとつだが、もう一度原点を見直す。創業以来の「白馬錦」の銘柄と書体も大切に守る。
 一方、「変えねばならぬ」ことは、デザインやイメージ。「美しい米から美しい酒を」がコンセプトの、ハイセンスなイメージづくりだ。消費者アンケートをもとに、昔ながらの白馬錦のロゴを強調しつつ、ラベルのデザインやイメージを変えていこうと順次取り組んでいる。また商品イメージを豊かに伝えるポスターや看板、社員やスタッフ用のジャンパーなどにもセンスが光る。
 「父親の後を継いで数年後にデザインを大きく変えましたが、ここにきて再度大幅に見直しました。それまでの“山男の酒”のイメージを変え、女性にも共感していただけるやさしいデザインにしています。酒そのものが良ければいい、という造り酒屋は確かに多い。しかし売り場でたくさんの酒が並んだ時、差別化を図るビジュアルを考えなければいけないと思うのです。ここまで金をかけてデザインを一新する“覚悟”ができるまでには時間がかかりましたが」
 デザイン制作を任せているデザイナーにイメージを伝えるのは、薄井社長自身。イメージづくりの旗振り役であり、一緒にデザインを創りあげていくというスタンスだ。「実は高校時代、デザイン学校に行きたかったんです」という社長の言葉に合点がいった。

めざす酒は、透明感のある
ふっくらとした、きれいな酒


美米酒(Be-My Syu)


 同社では普通酒のほか、大吟醸、純米吟醸、特別純米酒、特別本醸造、生酒など、さまざまな種類の清酒を造る。従来の造り方に思い切った工夫を凝らした数量限定の特別酒など、通ならずともぜひ試してみたい酒も多い。
 「新潟で利雪に取り組んでいる方の話を聞き、そこに
 あるものを使って、もっと地域らしさを出していこうと思ったのが始まりです」。そう言って薄井社長が手にしたのが、「雪中埋蔵」のラベルがついた特別純米酒。
 これは厳寒の2月、しぼりたての生原酒を瓶につめ、北アルプス麓の雪中に埋蔵。5月下旬に掘り起こし、6月中旬から売り出す。平成7年から造り続ける数量限定の人気酒だ。数年前「無ろ過生原酒」という限定中の限定の酒も加えた。
 さらに黒部の水を使った「氷筍水仕込み」純米酒。ヨーロッパの水によく似たカルシウム分の多い黒部の硬水・氷筍水で仕込んだ辛口の酒だ。「ドシッとした、まさに男酒という感じ」と薄井社長は表現する。

 「私がめざす酒は、透明感のあるふっくらとした、きれいな酒。かといって新潟の酒のように辛くはしたくない。米の旨味は甘さに通じるところがあり、良い甘味を残すのが日本酒本来の味だと思う。ベタベタした後に残る甘味ではなく、麹が醸す良い甘味をめざして造っています」
 最新の商品が「ひやおろしアルプス湖洞貯蔵」。2月にしぼった特別純米酒を3月半ば、北アルプス山中七倉ロックフィルダムのトンネル内に貯蔵。初秋までじっくり熟成させた、まろやかな酒だ。「秋商品の『冷やおろし』に、より大町らしさをつけたいと造った酒です。生酒なので瓶の中でも熟成が進み、すっきりした若さのある酒から熟成した旨味のある酒に変わる。その味わいの変化を楽しんでいただきたい」。
 他にも「美しい米から美しい酒を」のコンセプトを体現した特別純米酒「美米酒(Be-My Syu)」や、海外でも販売される「雪解け吟醸」も人気を集める。

料理とのマッチングを提案し、
会話を楽しみながら味わう酒へ

 薄井社長がこだわるのは、酒造りやイメージづくりだけではない。一人でも多くの人に日本酒を楽しんでもらうためのきっかけづくりであり、そのためのイベントの企画だ。
 「地酒と料理で遊ぼう会」は、薄井社長が大町市内の蔵元3社に呼びかけ、平成14年にスタートしたイベント。特徴のある3蔵の酒と、地元食材を生かした料理を味わい、音楽などを楽しむ宴だ。毎回テーマを設け趣向を凝らす。数回目までは企画から出演アーティストの交渉まで、ほとんどを薄井社長が自ら手がけた。
 イベント会場では生花をあしらい、一升瓶で作ったランプを飾りつけるなど演出には気をつかう。着物姿の若い女性が多いのも、オシャレな大人の雰囲気を精一杯楽しみたいという気持ちの表れだ。回を重ねるごとに人気を集め、ホテルの会場は百数十人の参加者でにぎわう。最近は予約もすぐにいっぱいになるという。
 平成20年には、参加者がオリジナルの猪口を購入し3蔵元を飲み歩く「北アルプス三蔵呑み歩き」を初めて開催。予想を大幅に上回る500人の日本酒ファンが3蔵を巡り、酒を飲み比べた。
 さらに、「フレンチと日本酒のコラボレーション」「ジャズとチーズと日本酒の会」「酒蔵コンサート」等々、薄井社長が独自に企画・主催するイベントも多い。季節や提供する料理に合わせ、自社の酒だけでなく、他の酒蔵の酒を分けてもらうこともあるという。すべては日本酒のおいしさを伝えたいという思いからだ。
 「先日も『冷やおろしの会』を開き、16人のお客様にご参加いただきました。ホストとしてお客様といろいろ会話しながら、この料理には冷やではなくお燗が合うと思いますよ、とお勧めすると、なるほどこんなに違う、こういう飲み方もあるのかと驚き喜んでくださる。そういうお客様の満足の顔を見ると、私もうれしくなっちゃうんですよ(笑)」


イベント会場の演出にもこだわる
一升瓶のランプがアクセント

 宴の演出のために野の花を用意し、朝早く紅葉を取りに行き、それを飾りつけ、頼んで漆塗りしてもらった木桶を用意する-。会場の演出から参加者一人ひとりへのサービスまで、薄井社長は八面六臂の大活躍だ。「こういうことが好きなんです(笑)。とにかく五感で楽しんでいただきたいんですよ」。
 大手の価格競争に地域の酒造メーカーも否応なく巻き込まれる中で、日本酒ファンが離れていく。そんな現状に対する危機感が薄井社長をかりたてる。
 「日本酒は料理とのマッチングの提案をしっかりやらないとだめです。二日酔いするほど飲むのではなく、料理と会話を楽しみながら味わう酒へ。そういうことをメーカーが積極的に仕掛けていかないと。一人ひとり日本酒ファンを増やしていくことが、日本酒業界が今やるべきことだとつくづく感じているんです」

地域の米を大事にし、
地域が元気になるようにしたい


ほのかに甘い麹


仕込み中の「白馬錦」


タンクの中で発酵を続ける

 「大北地域の経済環境は本当に厳しい。だからこそイベントを通して日本酒の良さを伝えるとともに、地域が元気になるようにしたい」と話す薄井社長の地域への思いは熱い。「37歳の時、空から黄金色の田園と鎮守の杜、そびえ立つ北アルプスの景観を見てとても感動。米を大事にし、地域を元気にしなければという思いが強くなったのです」。
 以来、地域活性化に積極的に取り組む。平成9年に創設し、代表理事を務める地場特産品協同販売施設「いーずら大町特産館」の運営もそのひとつだ。地場消費から観光消費へと地場産品の販路を拡大することを目的に、店舗での販売だけでなく、全国各地で開かれる物産展等にも積極的に参加している。
 さらに薄井社長は「大町の良いところ探しをしよう」と有志と市内を探検し、中心市街地に埋もれていた由緒ある古民家を“発見”。その貴重な建物を利用したレストラン・ギャラリー「わちがい」の平成17年オープンにも主体的に関わった。
 「これは素晴らしい、この建物を何とか生かしたいと思ったのです。経営は決して楽ではありませんが、中心市街地の活気を守りたいという思いでやっています。できるところからやらないと事は何も動きませんから。資金もあくまで自分たちでまかない、ある部分についてだけ補助金を活用するというスタンス。まず“補助金ありき”だとどうしても本気になれませんから。ただ、そろそろ若手に引き渡したいと思っているのですが、いまだにやっています(笑)」
 同社では平成19年、酒づくりの最高責任者である杜氏に34歳の若手が就任した。「若い人材が育ってきたので、思い切って任せました。一方で、酒林をつくるなど酒の文化を伝えてもらうために70代のベテランにも頑張ってもらっています」。
 いかに社員をまとめ、厳しい経営環境を生き残っていくか。そして、いかに日本酒市場を活性化させる一翼を担っていくか。薄井社長は「変えねばならぬ、変えてはならぬ」を徹底的に追求し、日本酒のある文化を伝え続けたいとますます意欲に燃える。


プロフィール
江口 光雄社長
代表取締役
薄井 朋介
(うすい ともすけ)
中央会に期待すること

中央会への提言
新たな事業に取り組む際、タイミングよく補助金のアドバイスをしていただけるので大変助かっている。

経  歴   1952年(昭和27年)1月13日生まれ
東京農業大学醸造学科卒業
出  身   大町市
家族構成   妻、子供(男女)、母
趣  味   ミニカー収集。「4,000までは数えたが、そこから先は数えていない」。

企業ガイド
株式会社 薄井商店

本  社   〒398-0002 大町市大町2512-1
TEL0261-22-0007 FAX0261-23-2070
創  業   明治39年
資 本 金   1,800万円
事業内容   酒類製造業(「白馬錦」醸造元)
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