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月刊中小企業レポート
更新日:2008/01/20

特集 新春対談 
ポテンシャルを発揮して地域経済の活性化

~長野県産業界の取り組みと中央会の役割~

松永哲也氏(日本銀行松本支店長) 星沢哲也氏(長野県中小企業団体中央会会長)

松永 哲也 氏
(日本銀行松本支店長)
星沢 哲也 氏
(長野県中小企業団体中央会会長)
司会:小倉 多賀男 
長野県中小企業団体中央会
連携支援部参事相談室長

減速はするが大不況になることはない。
それが今年の世界経済のシナリオ

司会:本日はご多忙のなか、松永哲也日本銀行松本支店長、長野県中小企業団体中央会の星沢哲也会長のお二方に2008年の新春対談をお願い致しました。趣旨をご理解いただき、ご協力を賜りまして誠にありがとうございます。新年にあたり、長野県中小企業はどうあるべきかというご提言を含め、それぞれのお立場からざっくばらんにお話しいただき、議論を深めていただければと思っております。
 それではさっそく始めたいと思います。平成19年の日本経済を振り返り、産業界で注目されたことは何かというと、まずは原油と原材料の高騰。そしてアメリカの低所得者向け住宅ローン問題のアメリカ経済への影響および世界経済への波及。さらに大企業と中小企業、都市と地方、業種間などの格差の拡大ではないかと思います。そこでまず、それらの問題が今後どうなるのかというお話を松永支店長からいただきたいと思うのですが。

石井 和男 氏(財団法人長野経済研究所理事長)松永:原油、原材料価格の高騰の問題ですが、おそらく今後も大きく値下がりすることはなく、基本的には高値安定、あるいはさらに上がるのではないかと思います。
 近年の価格高騰は、中国、インド、ロシアといったいわゆる新興国の需要が急速に拡大する一方、供給はそれほど伸びないことから需給が引き締まり、価格が高騰していった。これらの新興国は今、内需にも火がついていますからすぐに景気が悪くなりそうになく、今後もそう簡単には下がらないと思います。また実は今の足下の高値要因は実需の部分と投機の部分があり、投機は将来晴れる可能性はありますが、実需はそう簡単に弱くなることはないでしょう。それで今後も高止まり、ないしはさらに上がる可能性があるのではないかと思いますね。
 もうひとつサブプライムローン問題。これが景気に影響するプロセスには金融面からと実体経済面からの2つがあり、今クローズアップされているのは金融面での事象です。
 サブプライムローンの貸手というのはかつての日本の住専と一緒で住宅専門のノンバンク。預金を集めることができないので、銀行から融資を受けて住宅ローンに回すか、自ら住宅ローン債権を証券化し投資家に売却してファイナンスするしかない。サブプライムローンは殆んどが証券化され、格付けもされていますが、今問題になっているのはBBB(トリプルB)とかA(シングルA)といった、あまり格付け(信用力)が高くない証券。ローンの延滞率が上がり、返せそうになくなっているので、信用力が高くない住宅ローン証券の価格が急落しています。
 その商品を買っている人や金融機関、ファンドが、日本には少ないのですが、欧米には沢山いるんですね。投資家がそういう金融株を中心とするドル建て資産を売って、円やユーロに換える行動に走る。為替相場は、円高ドル安という方向に向かうといった金融面での影響が出ています。
 実体経済面では、日本からの輸出を見ても今のところほとんど影響がありません。これにも2つあって、ひとつは日本の輸出。特に長野県はIT関係財のウェイトが最も高いんですが、昨年1~3月をピークに在庫調整が進み、それで今は増産が続いているわけです。
 もう1つは、仮にアメリカ経済が減速してきても、中国、インド、中近東、中南米、ロシアといった新興国の景気レベルが非常に高いこと。食料品高や資源高が続く限りそう簡単に減速することがありません。従って世界経済についても、昨年10月17日IMFが世界経済の成長率見通しを出しましたが、それによると昨年は5.2%、今年が4.8%。先進国はみんな2%前半か1%台に収れんするのですが、中国やインドは10%程度の高成長が続く。今年の世界経済の標準的なシナリオは、減速はするが新興国経済に支えられて大不況になることはない、ということです。
 長野市内もガソリン価格が1リットル当り今155円くらいと急速に上がりました。しかしこれが逆に110円台ほどに下がってしまうようであれば、資源国や新興国の経済が急速に悪くなりますから、世界的な大不況になる可能性があります。ガソリンや灯油の価格高騰によって家計はもちろん苦しいし、中小製造業やサービス業も大変厳しいのは事実。しかし景気全体としてみれば、原油価格が高留まりしている方が望ましい面があります。

選択と集中、ムダを省くこと。
今は経営における大変革期

司会:ありがとうございました。ただ今、中小企業への影響についてお話がありましたが、やはり経済産業省の調査では中小企業の9割が原油高でかなり影響を受けているという結果が出ています。星沢会長、その影響は出版業ではいかがでしょうか。原材料価格、原油価格の高騰に対してどのような影響があり、それに対してどのように対処されているのでしょうか。

星沢 哲也 氏(長野県中小企業団体中央会会長)星沢:原材料の面からお話ししますと、紙の価格の修正申請が昨年7月にありました。流通各段階で値上げ要請が毎年のように出てはいたんですが、それがなかなか浸透しなかった。しかし今回はいつもの値上げとは異なり、かなり強硬なかたちで出てきました。値上げの理由は、やはり原油高と原料になるパルプ、古紙の値上がりによるものです。出版業にとって紙は直接原価の約20%を占めるため、影響は非常に大きいといわざるを得ません。
 翻って出版業界をみてみますと、この10年は対前年売上減と業界そのものが構造不況にあります。本が売れなくなった原因は、インターネットや携帯電話の利用が大きいと見ています。学生や若者などは本代が携帯電話料に代わってしまったと。
 私どもは主として実務書や、中・高校生向けの参考書を出しています。実務書というのは、必要な人は1万円出してもほしいが、必要のない人はタダでもいらないというもの。一方、教育現場で販売されている参考書は競合する商品が数多くあり、いきおい値引き合戦になってしまう。そんな状況で大変厳しいなと思っています。
 紙代の値上げへの対処の仕方ですが、原価が上がっているから売価も上げるという訳にはいきません。イノベーション、経営革新というか、経営のやり方を多少変えなければいけない部分もあるのかなと思っています。
 基本的には、利益の上がるものに力を入れ、不採算のものはカットしていく「選択と集中」。そして、一般管理費を見直しムダを省くことで対処していくしかないかなと思っています。いずれにしても収益を圧迫していくことは間違いなく、今は経営における大変革期ととらえています。

雇用需給のひっ迫により、
サービス料金値上がりの可能性

司会:ありがとうございました。大企業は比較的価格転嫁ができますが、中小企業はなかなかできないのが大変ですね。松永支店長、先ほども少しふれていただきましたが、2008年の経済見通しはいかがでしょうか。

松永:全体としては、昨年よりは減速はするけれども大不況になることはないというのが世界経済の標準的なシナリオです。
 そこでポイントになるのが、1つは中国やインドなど新興国の経済がどうなるか。特に中国は、不動産や株式のバブルがいつまで続くのか。また北京オリンピックの後、経済がどうなるのかもチェックしなければいけないと思っています。
 2つ目はサブプライム問題の影響が実体経済にどこまで広がるか。標準的シナリオでは、新興国の景気が元気な限り、世界経済を減速はさせるが大して不況に陥れることはないと読んでいます。しかしいかに新興国が元気といっても、世界の最終需要の20%を持っているアメリカが下ぶれることで、世界経済が下ぶれる可能性については念頭に置かなければいけないと思っています。
 3つ目は、星沢会長もおっしゃったように、原材料価格の高止まりの影響が中小製造業やサービス業に、特に収益面でどれだけのインパクトがあるのか。構造的な面もありますが、これは細かく影響を見極めていかなければいけないと思っています。
 4つ目は、昨年6月20日に施行された改正建築基準法の影響です。

星沢:ああ、そうですね。

松永:全国に比べて長野県は住宅着工件数の落ち込みは少ないのですが、全国では昨年8~10月で前年比40%以上減少しました。影響が今年春くらいまでは続きそうです。県内は全国の半分以下の落ち込みで済んでいるのですが、県外需要を受けている業者は「資材の出荷ができない」、「工事が進まない」と、非常に苦戦されています。中央会でも認識されていると思いますが、ここが気がかりですね。場合によっては資金繰りが苦しくなる業者も出てくると思います。影響をよく調べ、関係機関と協議して、つなぎ融資なども考えていかないといけないのではないかと思いますね。

星沢:昨年11月1日付の日経新聞に、「来年度2.1%成長予想」と日銀が発表したという記事が出ました。「下落が続く消費者物価も次第に上昇すると見ており」とし、それは原油値上がりが原因だと。小麦の値上がりでパン類から麺類まで値上がりしています。先日もなじみの中華料理屋に行ったら、1カ月前に870円だった料理が970円になってるんだよね(笑)。こうして消費者物価が上がり、多少はインフレ方向のようなかたちになっていくんでしょうか。

松永:そうですね、すごくそうなるとは思ってはいませんが。そもそも、食料品の価格、原材料価格の高騰という現象が世界中で起こっているのに、これだけ消費者物価が低くとどまっているのは日本だけなんです。これはメーカーが無理をしているとか、支配的な流通業者が値上げを行わないといった、不自然な動きがあるからだと思っています。
 日銀が今年は物価が少し上がるだろうといっているのには、2つ理由があります。1つは原材料価格が上がりコストプッシュで上がってくるだろうという予想。もう1つは今、星沢会長がおっしゃったように、マクロ的な需給のひっ迫です。
 日本の潜在成長率は1%台半ばといわれており、今年度・来年度とも、それを上回る成長見通しであり、需要の伸びが供給の伸びを上回る見通しだということで、マクロ的に需給が引き締まる。
 そうすると特に一番可能性があると思うのは、若年層の雇用のひっ迫です。新卒ではすでに始まっているし、東京などではパートやアルバイトの賃金が上がり始めています。サービス業はコストのかなりの部分が人件費なので、雇用需給のひっ迫がサービス料金の値上がりにつながる。最低賃金も引き上げられましたしね。今年はその影響が出てくるのではないかと思っています。

星沢:経営者にとっては厳しい状況ですが、確かに全体として見ればそういう方向なのかなと思いますね。

松永:世界的に原材料価格が上がっているのに日本だけ物価が上昇しないというのは、どこかで無理がある。このままでは、中小食品メーカーなどにいろいろ影響が出ると思います。

製造業と非製造業、
大手企業と中小零細で広がる格差

司会:さて、少し話題を変えましょう。国民総生産が15年くらいから回復していますが、長野県では14年度に下がって以来低迷を続け、景気回復も遅れています。長野県経済は大丈夫なのでしょうか。そして今後回復していく潜在能力は果たしてあるのでしょうか。

松永:製造業と非製造業、大手と中小で格差が広がっている感じがします。長野県はGDPに占める製造業のウエイトが全国よりも高く、製造業が景気の波を形作っています。製造業全体で見ると14年を底にして生産量、出荷額ともに増え、景況感が比較的高い状況が続いています。
 このように長野県経済のエンジンたる製造業はきちんと回っているのですが、エンジンの回転エネルギーが車軸を通してタイヤ、つまり非製造業の方になかなか伝わっていかない。それで製造業と非製造業の格差が広がっているんですね。また同じ製造業でも、価格転嫁が可能な大企業とそれが難しい中小企業の間で格差が広がっています。
 中小企業、非製造業で景況感がなかなか広がらない理由はなかなか難しいんですが、需要面では2つあると思っています。
 1つは観光です。長野県では観光客が伸びない、むしろ減り続けています。これはスキーの人気がなくなって若年層のスキー需要がすごく減り、スキー客が減少していることが最大の要因です。
 もう1つは公共事業の減少と、14年に行った入札方式改革の影響です。工事量、採算面の両方で大きいと思っています。
 供給面、例えば小売りでは、インターネット通販や大型小売店の出店など、構造改革の波が長野県に押し寄せている影響が出ています。製造業の景気が良くて雇用と所得は増えているんですが、小売り、卸売り、建設などにその影響がなかなか伝わっていかない。

星沢:景気は回復軌道にありながら、中小零細にはそれが感じられません。倒産件数は増えているのに負債総額が減っているのは1件当たりの額が小さいということで、中小零細の倒産が増えているのだろうと思います。私も県内経済に関しては、松永さんと同じ見方ですね。
また観光立県でありながら観光客が減少しているというのも大きな原因だろうと思っています。
 賃金面から見ても、2001年2月の平均給与が27万8、490円なのに、2006年8月は27万1、155円とこの5年間で減少しているんですね。では昨年の賃上げはどうだったのかと調べてみました。これは県社会部の発表ですが、賃上げ額は3、897円で、率にして1.58%。回答組合数は206組合。昨年に比べて28円アップしているだけなんですね。

松永:ほう。

星沢:これは公表した数字であって、賃上げゼロというところもあるでしょう。我々が関連する印刷業界はおしなべて賃上げは1、000円台ですよ。きちんとした労働組合のある300人以上の企業の数字がこういうかたちで出てきているけれど、それ以下の数字はつかみようがないんですね。実際、私の周りでも昨年は賃上げゼロ、まず雇用が優先だというところが結構ありました。あるもの全部出してもこれ以上出すものがないんだから、これで勘弁してくれと従業員に話したという会社もあったようです。
 最低賃金の話なんですが、安倍内閣が成長力底上げ戦略と銘打ち、最低賃金のアップ額を決めました。長野県は14円のアップで669円となりました。成長力底上げ戦略というからには中小企業に力をつけさせて賃上げをするのが筋なのに、まず賃上げありき。その結果、中小零細企業の経営が非常に厳しくなった。これでは本末転倒ですよ。これが実体経済ではないかと思いますね。

問題は非製造業の低迷。
浮上しない理由はミステリー

星沢:団塊の世代が退職する時期を迎え、預金はすごく増えているようですね。

松永:ええ、本当に増えてますね。

星沢:だからお金がないわけじゃないのに、なぜ消費に回らないか。これは年金、医療などの将来不安が一番原因しているんじゃないかと思います。マインドの問題で経済があまり活性化しない、景気浮揚になっていないんじゃないかと思います。
 そしてもう1つ、鉱工業の製品出荷額において12年を100とすると、全国平均は一昨年6月で108.4。それに対して長野県は、昨年5月の数字ですが86.1と低いんですね。実体経済が遅れていると見るのか、活力がなくなっていると見るのか。いずれにしても非常に問題が多いと思います。
 それから長野県は融資の利用が低迷気味で、前年同期比で5.8%落ち込んでいる。全国平均は逆に4.2%増えているんですが。それを見ても、いかに県内景気が停滞しているかということではないかと思うんです。

松永:確かに長野県の鉱工業生産は前年対比で見ると100を下回っていますが、鉱工業生産の統計自体、長野県ではちょっと無理があると思います。

星沢:ほう。それはどういうことですか。

松永:鉱工業生産額は5年ごとに出荷額のウエイトを出し、それぞれの品目の出荷額にそのウエイトをかけて足し上げて作っていきます。ところが長野県のようにIT関係など、製造品目がどんどん入れ替わっていくような業種が中心の県では、本当は5年ではなく2、3年ごとに品目を入れ替えないと正しい数値が出ないんです。長野県内産業の大口電力需要をみると日銀短観と同様、製造業は上がっていますので、我々はむしろそちらを指標として見ています。
 長野県の製造業については、私はそれほど悪くはないと思っています。むしろ全国レベルから見てもやや高い数字かなと。日銀33営業拠点のなかでは15位に位置しています。
 問題は非製造業で、31位です。一番下が高知、長野は秋田と並んで、下から2番目。四国や北東北は非常に製造業のウェイトが低い地域です。公共事業と観光に依存する産業構造になっている。今、日本全体が輸出製造業中心になっているなかで、製造業が少ない地方の景気が悪いのは分かるんですが、長野県がなかなか浮上してこないのかはある意味、ミステリーですね。やはり観光や公共事業の影響を全国よりも大きく受けているということかなと思います。
 また、12年から18年の6年間で長野県の政策で比較的”手抜き“だったのが製造業の強化。工場誘致、産学連携、あるいは産産連携などの取り組みが遅れた。その分どこに取られたかというと北関東や三重県。製造業の増強という面では、それは結構痛かったですね。そこで差がついたかなと思っています。

思い描いたような方向を示した、
長野県産業振興戦略プラン

司会:今お二人からお話があったように、非製造業を中心に立ち後れが目立つ長野県経済ですが、県民所得を全国水準に高めようと県では昨年3月「長野県産業振興戦略プラン」を策定しました。4月から一部実行に移されていますが、このプランについて松永支店長はどう評価されていますか。

松永:基本的には製造業を強化しよう、失われた6年を取り戻そうということなので、旗印としては良いものを掲げていただいたと私は思っています。
長野県は倹約家が多く、慎ましい人が多い。それ自体は良いんですが、それだけでは内需が盛り上がりません。消費や投資を増やし、”外貨“つまり県外からの所得を安定的に稼ぐことで地域の経済は発展してきました。
 長野県が外貨を稼ぐ手段の1つは製造業です。農村の優秀で安価な労働力を活用してモノを作り、それを他県や他国に売り、工場を誘致しつつ外貨を稼いできました。
 次は観光。山とスキー場、温泉、ゴルフ場などの自然資産と文化資産にも恵まれた市町村が多かったので、観光客がこぞって外貨を落としてくれました。3つ目は公共事業ですね。主に都市部であがった税収を政府を媒介として、インフラ整備という名目で長野県にお金が落とされました。
 この3つの外貨獲得手段のうち、今も将来も元気がありそうなのは製造業です。観光は国内人口の減少、特にレジャー好きの若年層が減る中で、なかなか厳しいと思います。もっとも外国人観光客は別です。こちらは逆に今後ますます増えていくと思います。公共事業は国の財政再建が実現するまで厳しいと思います。
 製造業は世界的に対して売っていくものですから、日本の人口減少の影響は受けません。長野県の製造業はもともと自力があり技術力も高いので外貨は稼げるでしょう。
 製造業が外貨の稼ぎ頭とすれば、それを強化し、工場を誘致して稼いだ外貨を税金として吸い上げ地域に還元していく。雇用された人たちが給料を消費に回すことで地域にお金が回る。それが長野県経済が活性化する王道だと思っています。
 今回のプランでは、戦略が立ち後れていた製造業を強化する中で、企業誘致や販売支援を含めて製造業を強化するということが最大の旗印となっていますね。長野県の製造業は技術力はあるけど売り方がヘタですからね。

星沢:マーケティングがね。

松永:そうですね。そのマーケティングを強化するうえでも、このプランは理にかなったというか、思い描いたような方向かなと思います。もちろん、これが本当に実行されればの話ですが。方向性としては良い方向だと評価しています。

村井知事は産業振興にテコ入れ図り、
職員、県議会、首長とも協調

司会:18年9月に田中前知事から村井知事に代わりました。村井県政1年を振り返り、その評価はいかがでしょうか。

星沢:長野県経済の回復の歩みが全国と比べ遅れているという話は先ほどから出ています。その原因には支店長がおっしゃったように、オリンピック開催による公共工事の前倒しがある。さらに長野県の人件費が上がったことで新たな市場を求めて海外にシフトしたこと。そしてスキー客をはじめとする観光客の減少などがあると思っています。
 田中前知事についてすべては否定しませんが、私ははっきり言うんですが(笑)、経済に関する戦略的な施策は何ひとつなかったのに等しいのではないかと思います。従って、長野県における経済活性化策は6年間空白だった。この期間の成長率の落ち込みは都道府県ワーストワン。県経済の低位を示す指標には事欠かないんですね。
 村井知事はまず経済の立て直しに着目され、昨年3月にプランを策定したわけです。策定の趣旨やめざすべき方向、基本戦略、重点プロジェクトなどは理解しやすく、よくまとまっていると思います。特に重点プロジェクトの1つである「中核企業の育成と産産連携」では、まさに我々中央会の出番だと思います。キラリと光る企業を創出していくことが我々に科せられた大きな課題であり、力を尽くさなければならないと考えています。
 先ほども支店長から話が出ましたが、企業誘致強化プロジェクトについては昨年の新春対談でも三重県亀山のシャープの件が出ました。そこで企業誘致における各県の補助金対策を調べてみたんですが、長野県は埼玉県の2億円に次いで2番目に少ないんですね。10億円以上のところが圧倒的に多く、和歌山県は実に100億だそうです。

松永:そうですね。平均するとだいたい30億くらい。長野県も昨年、村井知事が10億円に引き上げるという方針を示されましたが、それでも平均よりかなり低いですね。

星沢:そういう観点からすれば、財政が厳しいのは重々承知していますが、先行投資という観点からダイナミックな発想が必要だと思うんです。
 宮城県も村井知事とおっしゃるんですが(笑)、その宮城県で昨年、トヨタの生産子会社、セントラル自動車の車両新工場を誘致しましたね。「悲願の誘致に成功」と新聞でも報道されていました。
 進出企業にとっては10億円という補助金額も魅力でしょうが、首都圏への近さという面でも長野の方がずっと魅力がある。それだけにダイナミックな戦略が必要だと思います。また戦略のひとつに「産業人材育成支援センターの設立」があります。その第1回会議に私も出席したんですが、今年4月いよいよ支援センターが発足します。
 昨年1年間、前県政が残したゴミ片付けで大変だったのではないかと思うわけですが(笑)、村井知事は落ち着いた大人の政治をされていると思います。県民益をターゲットにし、中央とのパイプがあることも非常に強みだと思います。堅実で信頼に足ると私は思っています。超緊縮財政により経済活動が6年間停滞しましたが、村井知事は積極的予算で産業振興にテコ入れを図っており、また県議会や首長との協調もうまくいっている。県庁職員の動きも良くなりましたね。私も月に1度は必ず仕事で県庁に行くんですが、職員の目の輝きも違うような気がします(笑)。そんなところからも活性化につながっているのかなと思います。
 また昨年の新春対談で、観光立県である長野県に観光部、観光課がないのは一体どういうことかと話しましたが、昨年は観光部ができました。我々の提言を聞いていただいたのかと喜んでいるわけです。

新しいメカニズムが機能すれば、
本来持っている力を十分発揮できる

松永:今、星沢会長がおっしゃった、産産連携や中小企業の人材育成が始まることについては私も非常に期待しています。
 おそらく中小企業の収益は今後も厳しいと思います。製造業の生産は増えても収益面で大企業向けの納入価格は上げてもらえない、むしろ年々下がるかもしれない。ところが原材料価格はじわじわと上がっていく。1単位当たりの収益は確実に厳しくなっていくだろうと予想されます。対応としては、星沢会長がおっしゃったように販売管理費の削減や一層のコストダウンと同時に、値下げを受けない高付加価値化をめざすしかない。それを一緒にやっていくことが大切だと思います。
 コストダウンだけをやっていくとデフレ状態になりますから、地域が疲弊してしまうのです。あわせて高付加価値化をしていかないといけない。そのためには人材育成や産学連携、産産連携といったことが大切になってきます。企業個々では人もお金も足りないので、企業同士が集まって複数でやるとか、企業と大学、テクノ財団などの団体とが共同して力を強化していくというのが中長期的に考えていくべき課題だと思います。これがうまくいかないとジリ貧に陥ってしまいますよ。

星沢:県の産業振興戦略プランを策定した懇談会の委員長を務めた、(財)長野経済研究所理事・調査部長の平尾勇さんがこういうことをおっしゃっています。「過度に悲観する必要はない。なぜなら今までの長野県の産業経済を支えてきた人材や技術力がここ数年で急速に失われたわけではなく、そのポテンシャルを発揮するメカニズムが十分に機能しなくなっているという点に原因がある」。環境の変化に見合った新しいメカニズムが機能すれば、長野県経済は本来持っている力を十分発揮できるのではないかと私も思います。
 実は、私は旅行が好きで全国あちこちに行きます。昨年10月には福岡に3回行きました。

松永:ほお。

星沢:2つは仕事でしたが。都合5泊したんですが、福岡の観光名所というと太宰府天満宮くらいで、わりと少ないんですね。ところが福岡の街はすごいんですよ、賑やかで。いやあ、これはどうしてこうなんだろうと思いました。天満宮も数多くの観光客で賑わっていましたが、よく聞こえてくる言葉が日本語じゃないんです。

松永:ああ、そうですね。

星沢::韓国からなのか中国、台湾からなのか分かりませんが、とにかく来ている団体客の話している言葉が違うんです。片や松本城や善光寺の状況を考えると、長野県は観光立県でありながら、外国人観光客の誘客という面でも足りないんじゃないかという感じがしました。
 また福岡は若者が多いですね。学生の多い町は活気があるとよくいわれますが、そういう面では長野よりも松本の方が活気があるように感じます。一方では、団塊世代の呼び込みをどうするかも課題ではないでしょうか。平成16年に長野市は「松代イヤー」というキャンペーンをやったんですね。

松永:そうですね。

星沢:それまでは松代の観光客は20~30万だったんですが、その年は80万人に増えた。イベントをやり、行政のバックアップもあったということで、そういうことが起きました。さらに昨年はNHK大河ドラマ「風林火山」が放送されましたが、これは日銀さんも試算をされ(笑)、87億円の経済効果があったようです。やはり官民が力を合わせてトータル的に考えていかなければ、産業振興にもつながっていかないんじゃないかと思いましたね。

スキー客が減っているのは
世界で日本くらいなものなんです

松永:なるほど。観光では日銀も全国32支店から各地域の観光課題を集め、それをまとめたレポートを一昨年出しました。私も他の32支店のものを見ましたが、長野県観光に足りないと思う点が4つありました。

星沢:ほう。

松永:1つ目は、観光の素材は良いんだけどブランド化が遅れている。2つ目は、街並みの整備が遅れている。3つ目は、ホスピタリティ。もてなしの心遣い。そして4つ目は、地方空港の活用が遅れインバウンド(外国人旅行者)の呼び込みが遅れている。

星沢:ははあ、なるほど。

松永:たぶん日本の観光客の総数はせいぜい横ばい。人口減少に伴って微減という傾向が続くと思うんですね。その一方で、海外から日本に来る外国人は増え続けるでしょう。長野県では国内のスキー客が減り続けているのが大きな壁になっているんですが、そもそも世界でスキー人口が減っているのは日本くらいなものなんですよ。

星沢:ほう、そうなんですか。

松永:アメリカでも5%程度伸びてますし、イタリアを中心にヨーロッパでも日本と同様に高齢化が進み、人口が減り始めています。ところがスキー客はまだ1、2%増えているんです。アジアでは今爆発的に伸びています。アジアでブームのスポーツといえばスキー、ゴルフ、テニスの3つが定番。ところがゴルフとテニスは現地でもできるんですが、スキーは中国以南ではできないし、朝鮮半島も雪が降らない。その需要急増を受け入れるのに一番近いのが日本なんです。それで最近日本にそういった国々からスキー客が来始めている。また、オーストラリアは季節が日本と逆なので、向こうが夏の時にできるというメリットがありますし。

星沢:日本ではどうしてこんなにスキー客が減っているんでしょう。

松永:それがよく分からないんですね。ボウリングの時と同じではないかという説もあります。つまりボウリングのブームよりは長続きしたのですが、一過性のブームという点では同じだったかもしれない。ボウリングの人気復活には30年かかりました。もしその周期と一緒なら、スキーもあと15年かかるということになってしまう。
 注目すべきはヨーロッパです。実はここでも実際にスキーをやる人は減っています。しかしシャモニーがその典型なのですが、スキー場を含めた冬の一大リゾートになっていて、スキーなどはやらないけど、雪景色を見ながらお茶を飲んだり食事をしたり遊びに行く。そんな需要はむしろ増えているんですね。長野県にはそういうところはありません。雄大な雪山の景色を売り物にする喫茶店、レストランなどが殆んどないですよね。

星沢:そういう時間を愉しむ心の豊かさがまだ欠けているのかな。

松永:山を見ながらゆったりと過ごす、ひねもす何もせず過ごすというような感覚が日本人にはまだ成熟していないのかも知れないですね。

長野県観光旅行者数・消費額の動向

  • 近年、多くの都道府県で観光旅行者数が増加傾向にある中、長野県は国内外の観光地間競争の激化などにより、観光旅行者数、観光消費額ともに減少傾向にあり、特に、スキーをはじめとする冬季の観光旅行者の落ち込みなどが大きな要因と考えられる。
  • 外国人旅行者については、国のビジット・ジャパン・キャンペーン※の展開などにより、東アジアを中心に急増している。

長野県観光旅行者数・消費額の動向

長野県に世界遺産がひとつできないかと
私は思っているんです

松永:信州松本空港は今国内3便しか飛びません。昨年10月からさらに減便になって大変なんですが。でも近隣の地方空港を見ると、例えば新潟空港はソウル便が毎日。さらにハバロフスク、上海への便もある。富山空港も大連、ソウル便が週3便、小松空港もソウル、中国などの定期便があります。
 各地方空港で定期便がなくならないというのは結局、成田や羽田では発着枠が足りないアジアからの海外旅行ブームの受け皿になっているんです。地方空港に直接下りてもらい、その地域の自然、異文化などを楽しんだ後、列車などで東京に行って秋葉原で電化製品を買って帰るケースも多いようです。ところが長野県はせっかく空港があるのに他県のように生かしていない。それもスキー需要が他県よりも落ち込んでいる大きな原因のひとつだと思います。
 一方、観光素材は良いのにブランド化が遅れていて、団塊世代もなかなか呼び込めない。松代イヤーも「風林火山」ももちろん良いんですが、それはあくまで一過性なんですね。

星沢:ああ。リピーターになっていかないんですね。

松永:そうです。永続的にリピーターが来て、しかもPRにお金がかからないというと、もう世界遺産くらいに限られてくる。
 ですから、なんとか長野県に世界遺産をひとつできないかと私は思っているんです。17年7月に北海道の知床が世界自然遺産に指定されたのですが、日銀釧路支店が試算したところ、観光客が年間2割増え、消費額が230億円増えるという結果が出ました。また、世界遺産はどこでも観光客がほとんど減らず、集客効果が長続きしています。

星沢:へえー、そうなんですか。

松永:世界遺産には永続的なブランド効果があるんです。230億円というと、長野県全体の年間観光消費額3、200億円の7%ほどをこれでカバーできる計算になる。ほとんどお金をかけずに。県に観光部をつくるのは良いことだし、東京に行ってキャンペーンを行ったり、いろいろなイベントを打つのももちろん良いのですが、世界遺産をつくるのが一番手っ取り早いと。

対談星沢:なるほど、世界遺産ね。

松永:世界遺産には善光寺、松本城、木曽の妻籠宿のほか、岡谷も手を挙げています。自然遺産では北アルプス、南アルプスが両方とも可能性がありますね。隣の群馬県では富岡製糸場が暫定リストに載りましたが、県に「世界遺産推進室」を設けて、富岡一本に絞ったんですね。長野県も難しいかも知れませんが、この4つの文化遺産と2つの自然遺産候補のどれか1つに絞りたいですね。世界遺産、どうですかね(笑)。

星沢:いやあ良いですね、良いお話をうかがいました。県にはさっそく世界遺産推進室を設けてもらうようにしたいですね(笑)。もっとも善光寺の場合、世界遺産にしようと動いているのは長野商工会議所と長野青年会議所で、一般の人にはあまり身近には感じないんだよね。でも本当に良いお話ですね。

長野の温泉は大きな資産。
ブランド化できれば国内外から観光客

松永:観光にとってリピーターは大事です。しかも世界遺産は世界中からリピーターが来るということですから。そうすると、なかなかできないでいる信州松本空港の国際化の話も進むのではないか。海外からどんどんチャーター便が来れば、当然定期便を飛ばせという話になりますから、そんな“外圧”を利用して国際化の話が進展するかも知れません。
 もっといえば、空港から新幹線があれば便利ですから、国際化された松本空港から上田まで新幹線の枝線を延ばしてもらう。そうすると信州松本空港は日本で初めて新幹線が直結された国際空港になります。県内はもちろん、北関東の人も羽田や成田まで行かなくても、ここからハブ空港のソウルから欧米へ飛べると。そういうのが良いのではないかと思うんですね。

星沢:いやあ、ホントに夢があって新春対談にふさわしいお話ですね(笑)。
 長野県においてはさらに、宿泊施設のサービス対応の遅れという問題もありますね。団体旅行主体から今は完全に個人旅行主体になり、大広間などはもう要らなくなっているのに今もってそういう営業スタイルを残しているところもあります。

松永:そうですね。

星沢:今業績を上げている旅館・ホテルはみんな個人向けのところですよ。

松永:そうです、そうです。仙仁温泉とか、扉温泉とか。

星沢:宿泊料金を高くしても需要があるんですね。

対談松永:そうだと思いますよ。実は私は温泉フェチで(笑)。いろんな温泉に行きましたけど、同じような食事、同じようなサービス、同じような値段で、リピーター率が低いだろうと思われるところも結構多いですね。

星沢:温泉フェチ、ですか(笑)。今まで行った温泉でどこが一番でしたか?

松永:実は日本では今までに1、200カ所くらい入っているんですよ(笑)。日本には現在3、000カ所ほど温泉があるといわれていますが、その約4割ですね。長野県には280カ所ほどあるんですが、260くらいは入りました。

星沢:ほほう、すごいなあ、そりゃあ(笑)。へえ~。

松永:それだけ入っていると、施設はだいたい同じように見えてきてしまうんですね。違いはお湯そのもの。やはり好きなのは、湯量豊富で源泉かけ流し。長野市周辺だと松代の加賀井温泉や高山村。施設はすごくクラシックなんですが(笑)。中信地区だと中房温泉、中ノ湯温泉、白骨温泉とか好きですね、湯量豊富でかけ流しで。

星沢:私も温泉は大好きなんだけど、単純泉で無色無臭よりも、色と臭いがあるのがいいね(笑)。

松永:長野は本当に温泉天国。これも大きな資産です。良い資源があるのだから、ブランド化さえできれば外国人も含めて観光客は来ますよ。ブランド化を進めるのが一番だと思いますね。

小さくてもいろいろな魅力を
寄せ集める「モーニング娘」方式で

松永:長野県市町村のホームページを見て思うのは、どこもみんな観光のキャッチフレーズが似ていること。「歴史と文化の町」「自然豊かな」「緑豊かなまち」とか、どれも似ていますね。「思い込み」と「思い入れ」とあると思うんですよ。それを掛け違えている感じがあります。「思い入れ」は良いんですが、全国的に絶対価値があるだろうというのは「思い込み」ですね。
 私は松本に来た頃、町なかでカッコーの鳴き声を聞いて、まさかこんなところで聞こえるはずはないと思いました。松本市がスピーカーで流しているんだろうと。そうしたら本当に鳴いているというのでビックリしました。家族に電話したら「まさか」と(笑)。みんなそのくらいに思っていますよ。だから自然を売り物にするのであれば、「緑豊かなまち」「自然が輝くまち」より、具体的な「カッコーが鳴くまち」の方がずっと都会人の心に響く。ニーズをとらえ、思い入れが思い込みにならないよううまくPRしていくことが大事ですね。
 もう1つ気になるのは、みんな滞在型の観光をめざしていますが、滞在プランが点で、線や面になっていないこと。例えば2泊3日の観光プランが町内ばかりで広域観光になっていない。それは殆んどの町のホームページを見ても感じます。

星沢:志賀高原と八方尾根スキー場が共通シーズン券を発行し、1泊目は志賀、2泊目は八方で滑るという誘客プランを2004年から始めました。このように市町村の連携もできてくるんだと思うんですね。

松永:そうなんですよ。将来的には世界遺産のような大きなブランド構想もありますが、それまでは一件一件は小さくてもいろいろな魅力を寄せ集める「モーニング娘」方式でいくしかないと思うんですよ(笑)。もっとも観光協会はなかなか自分の地域から出ようとしないし、お互いに連携しようとしないんですね。製造業で連携が進んでいるように市町村間や観光協会同士も連携し、モーニング娘方式でやっていかなければいけないと思いますね。

産業界からの期待が大きい連携支援。
事業承継支援も大きなテーマ

司会:石井理事長から企業経営者の理念、哲学という話がありましたが、経営者としての星沢会長の理念や哲学を、ぜひお聞かせいただければと思うのですが。

松永:中小製造業については今後も、原材料の高騰が価格に転嫁できない厳しい状況が続くのではないかと思います。そこで生き残るにはコスト削減と高付加価値化を進めるしかない。コスト削減や技術力・企画力の引き上げ、販路の拡大などへの取り組みにおいて、個々の企業ではカネも人も足りないというケースが多い。そこをうまくマッチングさせていくという点で中央会の果たすべき役割は大きいと思います。もちろん産産連携や、大学やテクノ財団などとの産学連携の橋渡しという面でも大きな役割を担っており、産業界からの期待も大きいでしょう。
 非製造業については、例えば個人商店などは品揃えと価格では大型店舗にはどうしてもかなわない。インターネット販売や独自の品揃えに特化する、あるいは大手がやらない御用聞きや宅配などを模索していくことも大切です。そのための情報交換や企業連携を進めるという面で、中央会の役割は大きいと思います。観光でも複数の観光協会や市町村をまとめ、長野県観光を点から線、面へと拡大していく役割で期待する面が大きいと私は思っています。

星沢:私は後継者の問題をあげたいですね。これは事業継承をいかにスムーズにさせるかということ。『商工ジャーナル』(2007年9月号)に関満博一橋大学大学院教授が書かれた、東京城南地区(大田区)の町工場の話がとても参考になるのでお話したいのですが。
 教授は10年ほど前「東京城南地域の中小機械金属工業の現状と将来」という小論文に、過去10年間でこの地域の企業は10万から7万強に減ったと書いた。その時点から10年経った今さらに減り、5万弱と半分近くになってしまった現状を非常に憂えて書かれているんですね。後継者がなくて廃業し、その跡はマンションや駐車場になってしまったと。これから先の10年、日本の町工場は果たしてどのくらい残れるのかと危惧されているんです。
 この記事で教授は、中小企業は自分の息子や娘に後を継がせろ、といっているんですね。たとえ優秀な人が社員としていても、サラリーマンはリスクを背負わないというんです。
 私も経営者の1人として銀行の保証印をつく時には「もし失敗すれば、これで私の持っているものはすべてパーになるな」と思う(笑)。その時は、社長なんかやるもんじゃないなという気持ちがなきにしもあらずですから。だから負債を多く抱えている工場の後継ぎを優秀な社員に任せようと思っても無理だと。たとえ本人はやる気でも、奥さんに「冗談じゃない。この家まで取られちゃう」という話になるというんですね。これが日本の中小製造業の末端を担っている人たちの本当の姿ではないかと。
 そうすればやはり国に対して、それを何とかする施策の実行を訴えていかなければいけない。昨年10月の中央会全国大会でも後継者問題が出ていました。「事業承継税制の抜本的確立」が1つのスローガンとして出されましたが、このことについて都道府県中央会ももっと大きな声を上げていかなければいけないし、全国中央会の立場でも国に政策提言をしていかなければいけない。それが我々の役目だと思っています。
 私は経済と政治は切っても切れないものだと思っています。今の政治を見ていると非常に心配する部分も多いわけですが、しっかりした中小企業政策を出してもらいたい。事業承継の問題はその1つとして、とても大きいテーマだと思います。

企業のコンプライアンスが大切。
心配なのは「日本総元気ない」状態

松永:長野県は廃業・倒産の企業に比べて、新規起業する企業の数が少ないですね。

星沢:少ないですね。長野県は起業率よりも廃業率の方が高いですね。

松永:ベンチャーなども立ち上がってはいるんですが、実際に収益を上げてやっていく企業は少ないようですね。きちんと卵からかえってヒナになり、収益を上げていく力が備わっていないというのが一番大きい要因かなと思います。とりあえずヒナがかえるようになればファンドや銀行はお金を出しますから、まず収益を上げられるベンチャーを育てていくというのが先決なんでしょうね。中央会がベンチャーを支援するというのは難しいでしょうね。

星沢:難しいですね。戦略プランの中にファンドをつくってやっていくというのも出ていますが。

松永:基本的に儲かるものであればお金は出ますから、まず儲かるビジネスプランをつくることが先決かと。

星沢:昨年は企業のコンプライアンスが非常に大切だと感じた一年でした。白い恋人に始まり、ミートホープ、赤福、船場吉兆と、特に食品関係で次々と偽装問題等が発覚し、法令遵守の管理体制が企業にとっていかに大切かが浮き彫りになりました。信用は永年にわたって積み上げていくものですが、信用は一瞬にして失墜するもの。企業経営者としてはそこに注力をしていかなければいけないし、企業の社会的責任という観点からも、それは大切だと感じた1年でしたね。

松永:私はこの2、3年の社会現象の中で、日本がまた規制強化の方向にどんどん向かい始めているように感じているんです。ホリエモンの逮捕くらいからそれが始まっているような気がするのですが。ああいう元気な(法令違反も犯していますが)企業はバブル時期には許されたんですが、債務や人、設備の過剰がようやく片付いた後でまたバブルに向かっていくのかと高所恐怖症のようになり、みんなで叩き始めた。はみ出そうという勢いを規制によってどんどん封じ込めようという方向にあります。もちろん法令違反をした人や企業は悪いんですが。
 世界は枠からはみ出して反省し、またはみ出しては反省するのくり返しなんですが、日本は枠から出ないという縮小均衡的な方向に向かっているような気がしてしょうがないんですね。アメリカのように元気な国はたとえSOX法や改正建築基準法のようなものがあっても、はみ出しながら伸びていくんです。病弱な日本で規制を強化することによって「日本総元気ない」状態になっていくのが心配ですね。

そんなに悲観することはない。
空白の6年間など十分取り返せます

星沢:地方自治体は財政的にも大変ですね。

松永:日本で人口減少率が最も激しいのが秋田県なんですが、12―17年の国勢調査では毎年約0.8%、去年は1.1%減少しています。若年層が減っているんですね。若年層が東京などに出てしまうと、秋田はマイナス1になり、東京は逆に住宅需要が増えるなどプラス1になり、需要創出力は結局2の格差になってしまう。明治以来、農村部から都市部への人口移動がゆるやかに起こっているのですが、12年以降ガクンと公共事業を減らしたために雇用がなくなってしまった。製造業があまりない北東北地域では今、昭和20~30年代の出稼ぎ時代に戻りつつあるのです。長野県はまだ非常に緩やかな人口減少に止まっていますが、これは、製造業の割合が北東北よりも大きいことによるものです。
 長野県でも上伊那地域では人口が増えているんです。それは工場を誘致するなど製造業が盛んだからです。自治体が積極的に工場誘致を行なっているところは強いですね。長野県がめざす方向は県内では上伊那だと思います。
 長野県が元気になるためには、まず雇用機会を生むこと。それを担うのは製造業です。雇用が増えればサービス業が増え、人が人を呼ぶ。さらに世界遺産があれば…(笑)。長野県は技術力や人材が毀損しているわけではなく、戦略がうまくいっていなかっただけですから、そんなに悲観することはありません。空白の6年間など、これから十分取り返せると思いますよ。

長野県工場立地件数・面積及び人口の推移

司会:小倉 多賀男 長野県中小企業団体中央会連携支援部参事相談室長司会:新春らしく、希望が見える結論をいただきました。長時間にわたり有意義なお話し合いをいただきありがとうございました。これで本年の新春対談を閉じさせていただきたいと思います。

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