MENU

 月刊中小企業レポート
> 月刊中小企業レポート

月刊中小企業レポート
更新日:2006/12/09

健康を考える

むし歯もないのに歯が痛い。

健康を考える 今から35年ほど前の話。私がインターンで大学病院内をうろうろしていた頃、そのころ講師(後に教授・故人)の先生が夜の間だけ恵比寿で歯科医院を開業していたので私は手伝いに行っていた。ある日、近所の20歳の銀行勤務の女性が受診してきた。中肉中背、外見も口の中もまったく正常であったが顔をゆがめるほどの猛烈な歯痛を訴えていた。レントゲンでも異常なし。翌日、大学病院へきてもらった。口腔外科、歯周病科、内科等で検査をするもここでも異常なし。近くの医科大学病院へ行き骨の状態を検査するも異常なし。

 あまりに痛みを訴えるので当該歯牙(最初は多分左上3本だったと思う)の咬み合わせを調整し、さらに抜髄(神経を抜くこと)した。そのときはこれで痛みはなくなったが翌日また来院して、今度は右側が痛いと言う。右側も抜髄。翌日もその翌日も猛烈な歯痛に襲われて医院を訪れてきた。再度大学病院を受診し今度は抜歯になった。上下左右ほとんどの奥歯がなくなった。大学から恵比寿までの道々彼女が少しずつ話をしてくれたところによると、銀行内の誰かと恋に落ちたが最終的には振られてしまったようだ。不倫であったかどうかまでは聞けなかったが、「振られたんじゃないよ。私が振ってやったんだよ」と言っていたが強がりにしか聞こえなかった。ちなみに彼女の家は非常に厳格で恋の話などまったくできない、とも言っていた。多分失恋による心の痛みが”歯痛“となって現れたのだと思う。心療内科などまだ一般的ではなかった頃ではあるが、彼女の本当の心の痛みを見抜けなかったことはいまだに悔やまれ、学生だったとはいえ気の毒なことをしたと思っている。

 これは数年前の話。わたくしの診療所に中年の女性が蒼ざめた顔をして受診してきた。右上の歯肉が大きく腫れている。発熱はない。切開してその歯の治療をして抗生剤を投与してその日の治療はおしまい。治療の間中痛がっていた。翌日来院したときも相変わらず顔色が良くない。口を開けてもらったところまだ何もしないうちに「痛い、痛い、痛い…」。この歯はもう痛いはずはないのだけれど何か変だ。「何か心配事でも?」と聞いてみた。「夫婦喧嘩をして子供を置いて実家へ帰ってきたのだけれど、子供のことが心配で、心配で…」。この歯は少しの間ならこのままでも痛くはならない旨説明し、落ち着いたら向こうの歯科医院に行くことにして、すぐにお子さんのところに帰るように勧めた。見る間に青白かった顔が赤みをさしてきて、「これからすぐに帰ります」。親からは別れるように言われ、誰かに家に帰るように言われたかったのだと思う。

 ある日、女子高生が母親に連れられて医院にやってきた。やはり猛烈な歯の痛みを訴えている。奥歯はみなかぶせてあり、さらに上下の歯が咬み合わないように削ってあった。この子は受験生で兄二人は国立大学に現役で合格、この子も関東にある有名国立大学を目指しているという。そのプレッシャーが歯の痛みとなって現れたと思われる。このままでは抜髄・抜歯・義歯の道をたどることになる。大学の合否は頑張り方で決まるのではなく、他の受験生の点数との比較で決まるので99点で落ちることもあれば50点か30点で合格もありうる。第一この痛みは合否に関係なく受験シーズンが終わると完全に消失することなどを伝えて、納得したとたんに徐々に痛みが消えて一件落着した。

 

長野県保険医協同組合 
理事 鈴木 信光
(辰野町 鈴木歯科医院)

 

このページの上へ