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月刊中小企業レポート
更新日:2006/03/30

元気な企業を訪ねて-チャレンジャーたちの系譜-

“~ 若いカップルをターゲットに「ストーリー」を売れ!
年間稼働率90%超を実現した老舗旅館の大改革。 ~”

柳澤 日出夫さん
合資会社親湯温泉
代表取締役社長 柳澤 日出夫さん

親湯―「信玄の隠し湯」伝説を持つ、開湯四百年の老舗旅館

 八ヶ岳の美しい山容を映し出す蓼科湖周辺に広がる蓼科。風光明媚で湿気が少なく、滝の湯川に沿って湯量豊富な温泉も点在するという素晴らしい自然環境により、古くから数多くの文化人、芸術家、経済人たちに愛されてきた信州を代表する高原リゾートだ。
 点在する温泉は「蓼科高原温泉郷」と総称しているが、かつては「六温泉」と呼ばれた。そのひとつが、親湯温泉。諏訪藩初代藩主諏訪頼水が全国諸藩に親湯温泉の直轄統治を宣言した1601年(慶長6年)をもって正式な開湯年とするが、歴史はさらにさかのぼり、坂上田村麻呂が発見した、武田信玄の隠し湯だといった伝説も伝えられている。現在の蓼科をつくりあげる原動力となった「六温泉」の中でも、中心的な役割を果たしてきた温泉だ。
 確かな効能もよく知られ、大戦中は日本海軍の傷病兵の湯治場としても利用されていた。癒されたのは人間だけではない。貴重な労力として大切にした馬の疲労を癒すための「馬湯」も古くからあり、露天風呂につかった馬たちは人間同様、元気を取り戻して帰って行ったという。戦後間もなくは全国でも珍しい温泉プールとして、「フジヤマのトビウオ」古橋廣之進をはじめ、多くの水泳選手が合宿したことでも知られる。
 ゴルフ場、別荘などの開発が進み、多くの旅館・ホテル・ペンション、レストラン、美術館などが建ち並ぶ蓼科。シーズンには多くの観光客が訪れるが、近年かつてのようなにぎわいは薄れているともいう。
 そんな中で元気の良さが際立っているのが、開湯400年・創業90年を超える「蓼科温泉ホテル親湯」だ。


年間稼働率90%超!老舗温泉旅館に何が起こったか

 平日の昼間も予約や問い合わせの電話がひっきりなしにかかる。しかもインターネットの自社サイトはもとより、大手旅行情報サイトの予約システムへのアクセスも多く、ここでの利用率は全国トップクラスを誇るという。
 親湯の年間稼働率は実に90%を超える。蓼科にとどまらず、県内全体を見回してもほとんど見られない驚異的な稼働率の高さだ。親湯の何がそんなにお客を惹きつけるのか。その秘密の一端が、「スタイルブック 快適な過ごし方のご提案」という表紙コピーのパンフレットの中にある。
 いわく「主おすすめ親湯styleプラン」「赤ちゃん大満足プラン」「彼女大満足プラン」―。掲載されているのはバラエティに富んだ宿泊プラン。それぞれに異なった内容・特典と料金を詳細に明記し、お客のニーズにストレートに響くようなネーミングも楽しい。しかも料金は一泊二食付きで1万円からと、温泉旅館にしてはとてもリーズナブルだ。
 老舗温泉旅館に一体何が起こったのか。
 柳澤日出夫代表取締役社長はこう話す。「今から7年ほど前に私が大病を患った時、東京の不動産投資会社で営業をしていた息子(柳澤幸輝専務)が当社の決算書を見て驚いたんですね。このままではうちの経営は危ない、と。すぐに会社を辞め、うちに入ってくれました。そしてプロデューサーとして、大胆なアイデアで改革に着手したんです」。
 特別に開発した専用畳を敷いた「お座敷風呂」(大浴場)、「蓼科キュイジーヌ」と名づけたリゾート感を全面に出した和洋折衷創作料理、それぞれ”アンティーク・アジアン・テイスト“、
”モダン・ニューヨーク・テイスト“のコンセプトでつくりあげたスタイリッシュな2つの部屋……。「蓼科というリゾートの地域性、主の人間性を全面に打ち出した主の主観による、この場所にふさわしい滞在のスタイルを提案する新しい形へ」と柳澤幸輝専務がメッセージする大胆なリニューアルだ。


お客のニーズ、思いに徹底的かつ丁寧に応える

 効果はすぐに現れた。着任2年目に黒字転換を果たしたのである。
 「専務と話す中で、旧来の発想ではもうお客様は来ないと分かってきました。例えば、私は旅館の食事は部屋出しだと考えていたが、専務は違う。館内に最高のレストランをつくればお客様は喜び、我々も部屋出しの手間がかからない。さらに食事がおいしくなる。こんなに良いことはない、と言う。赤ちゃん連れのお客様がレストランで気兼ねをするのではないかと言うと、ご希望の製品を用意してお世話するオムツ替え放題・ミルク飲み放題の『赤ちゃん大満足プラン』を企画して大ヒットさせる。さらにご予約電話は非常に丁寧に応対し、お客様ニーズを時間をかけて細かく確認する。感じの悪い応対や中途半端な返答をするくらいなら、むしろ電話に出ない方が親湯のイメージダウンにならないし、お客様にも親切だと専務は言うんですよ。なるほどなと思いましたね」
 お客のニーズ、思いに徹底的かつ丁寧に応える姿勢。その積み重ねが親湯の信用に繋がり、リピーターを増やしているのだと柳澤社長は考える。ホテル側の説明不足などが原因で発生する宿泊客のクレームはほとんどなくなってきた。
 平成11年に「畳の風呂にする、と言われた時にはビックリしました(笑)。しかしこのように従来の発想からまったく離れたものの考え方で事業展開ができるという点で、後継者には異業種経験者が良いのではないかと思いましたね」


「リゾート」が理解できなかった。それが蓼科最大の失敗

 「かつて24軒あった蓼科旅館組合のメンバーが今、11軒にまで減っている」
 蓼科観光協会長も務める柳澤社長が打ち明けるように、観光地としての蓼科は実は今、非常に厳しい状況にある。親湯のように好業績を上げているホテルやペンション、レストランもある一方で、廃業あるいはその予備軍が増えているというのだ。
 「昔はいくらでもお客が来てくれ、冬もスキーにスケートにとにぎわいました。先代の時代はまさに”左うちわ“
だった。しかし…。私が考える蓼科最大の失敗は、お客様の心に残る本当の観光地づくりができなかったこと。つまりリゾートというものが理解できなかったことです。団体のお客様に街場とまったく同じサービスを提供するのが良い旅館、地域だと勘違いしていた」
 かつて輝いていた「蓼科ブランド」をいかに蘇らせるか。しかし地元観光業界として一致した方向性はいまだ見出せていないという。
 「親湯は従来の発想と方法論を大きく変えた。しかし昔と発想が変わらない旅館・ホテルはお客様の減少で経営者の元気がなくなり、お客様を笑顔でお迎えすることもできない。それがさらにお客様の減少につながる。こんな悪循環に陥っているように見える。とにかく利益を出さなければ地域のためにも自分のためにもならないのだから、発想を変えることが大事。ゴーストタウンになった観光地など、お客様は絶対に寄りつきませんから」
 柳澤社長の言葉から、若き後継者に大改革を委ねた自身の決断に間違いはなかったという自負と、地域全体が沈没していきかねない今の状況への強い危機感がひしひしと伝わってくる。


10~30代のカップルに、「ストーリー」を提案する

 「親湯のターゲットは十代から30代のカップル、夫婦。そこに特化したサービスの提供です。温泉旅館では旧来、風呂、料理、部屋を”売り物“としてきました。しかし今はそれでは通用しない。本当の”売り物“は、お客様の思い出を演出し販売すること。つまり、うちはこういうお客様にこういうストーリーが演出できます、という〈ストーリー性〉の販売です。私が始めたプランづくりも、絞り込んだターゲットへのストーリー提案というのが大前提。これが他との差別化となって、お客様に支持されているのかなと思います」
 若いカップルに特化したサービスを提供する温泉ホテルへの、老舗の大転換。それはターゲットを絞ることによる徹底した差別化と、バラエティに富んだプラン提案により「目的来館性」を持った宿泊客をとらえようという、新しい親湯のプロデューサーである柳澤幸輝専務の弱小企業の生きる道は「差別化」しかないという戦略だ。
 「親湯といえばカップル、若い夫婦、というイメージづけをしていきたいんです」。若者に気楽に利用してもらうために、まず取り組んだのが「敷居が高い」というイメージの払拭。若者にアピールするプラン、リーズナブルな価格設定はそのためだ。もっとも最近では客単価がかなり上昇しているというが。
 近い将来、老朽化した「山月亭」(旧館)をリニューアル。「宿全体でストーリーを提案できるアンティーク調でまとめた粋なホテル」をめざすという。
 「基本は私自身が泊まりたい部屋、空間をいかにわがままに自分本意につくっていくか。あくまで主の人間性を全面に出した宿づくりをしていく。なぜなら、それは他には決してマネができないからです。競争しないのが私の戦略ですから(笑)」


過去はどうあれ、今がすべて。昔の発想では立ち行かない時代

 「敷居を低くする」取り組みの効果は、県内客が約四割という実績も表れている。「地元客を取り込まない限り、旅館の再起はない」というのが専務の持論。日帰りプランを用意するなど、さらなる地元客の取り込みに力を入れている。
 柳澤専務がめざすのは、ある客層にとって一番の支持を得られる存在になること。そして親湯が若いカップル、夫婦の思い出の原点となり、蓼科へのリピーターを増やすこと。それは社長同様、蓼科への強い愛着と蓼科沈没への危機感からだ。
 「今、蓼科に来られるお客様は年配の方々ばかり。若い人を呼ばなければ蓼科の将来はありません。一昔前のように地域内の旅館・ホテルがお客様を取り合うのではなく、それぞれがそれぞれの役割を一所懸命果たせば良いんです。親湯の使命・役割は10代、20代に蓼科の良さを教え、蓼科の可能性を広げること。若い人たちが払える料金の中でちょっとイイ思いができる旅館をめざすことで若い人達が多く来る事が蓼科の活性化につながるのだと思っています」
 「過去はどうあれ、今がすべて。とにかく現実を見つめることが大事だと思います。実はそこが老舗の難しさなのですが」と強調する専務を頼もしげに見つめながら、柳澤社長はこう続けた。
 「新しい方向性に最初は戸惑いましたが、毎月実績が上がっていくのを目の当たりにするともう何も言うことはない。古い暖簾を背負ったままの経営者感覚、昔の発想ではもう立ち行かないのだと割り切ることが大事だと思います」。
 後継者問題はさておき、老舗の大改革はこんなトップの決断があってこそ実現するのかもしれない。


プロフィール
柳澤 日出夫さん
代表取締役社長
柳澤 日出夫
(やなぎさわひでお)
中央会に期待すること
全景
全景

中小企業施策についての提言
 つねに情報提供を心がけている中央会には感謝している。せっかくの情報をどれだけ有効に活用しているか、組合側の姿勢が問われている。

経歴 1944年(昭和19年)2月生まれ
1991年 代表取締役社長に就任
出身   茅野市
家族構成   妻、息子夫婦、母(会長)
趣味   ゴルフ、映画鑑賞

 

企業ガイド
合資会社蓼科温泉ホテル親湯

本社 〒391-0301 茅野市蓼科温泉郷
TEL.(0266)67-2020(代)FAX.(0266)67-3348
会社設立   1923年10月
資本金   1,000万円
事業内容   旅館業
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