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月刊中小企業レポート
更新日:2006/03/30

特集1 2005年版 中小企業白書の概要

経済社会の活力の源泉としての創業者、自営業者の役割

創業活動と自営業層の構造的停滞の要因分析と課題

1.開廃業率の動向

 我が国の開廃業率の推移を見てみよう。第13図は総務省「事業所・企業統計調査」により事業所数で見た開廃業率の推移を表したものである。1960年代のいわゆる高度成長期に開業率は高い水準であったが、その後1980年代に入り低下を見せ始め、1990年代にはその低下はやや緩やかになりながらも、廃業率が開業率を逆転している。業種別では、開業率が廃業率を上回っているのはサービス業のみである。企業数で見た場合の傾向もおおよそ変わらない。
 特徴的であるのは、これを経営組織で区分し、個人企業と会社企業とで比較した場合である。個人企業の廃業率は1970年代以降を通じて相対的に高い水準で横ばいに推移しており、近年に急激な上昇を見せた訳ではなく、1980年代から急な低下を見せた開業率との逆転も1980年代後半には現れていた。一方で、会社企業においては、廃業率は1990年代前半までは低く推移をしており、これが急上昇すると共に開業率と逆転をしたのは1990年代後半である(第14図)。1980年代以降に企業全体の開業率を下げた主な要因は、我が国企業の多数を占める個人企業の動向のようである。また、廃業率との逆転現象は、廃業率が急上昇したというよりも、個人企業を主因とした開業率の低下幅が大きかったことによるとみるべきであろう。

第13図
事業所数による開廃業率の推移(非一次産業、年平均)
~高度成長期と比較して低下する開業率~

第13図 事業所数による開廃業率の推移(非一次産業、年平均)

第14図
会社企業数による開廃業率(非一次産業、年平均)
~1990年代以降、低下する開業率~

第14図 会社企業数による開廃業率(非一次産業、年平均)


2.社会制度的要因

 国民意識の変化等は、経済や社会の動向に影響を受けて形成されてきたと考えられる。その際には、各種の社会制度が影響を与えている可能性もある。例えば、バブル崩壊後の調整過程では、高度成長下で顕在化しなかった事業破綻リスクが実現した場合が多かったが、当時の破産制度の下では破綻による負の影響が現在よりも大きかったことから、これを反映して一般の人々の意識は、よりリスク回避型なものになった可能性がある。
 以下では、様々な社会制度が直接的・間接的に開業を含めた個人の就業選択に及ぼす影響を考察していく。自ら開業することは、個人の生涯に大きな影響のある選択であり、そこには、労働法、会社法等の各種法律、金融制度、その他の社会的な制度全般が関連していると思われる。

(1)会社制度の改正等の動き
○最低資本金規制の緩和
 現在の商法では、会社を設立する際に、株式会社では1,000万円、有限会社では300万円以上の資本金が必要である。最低資本金規制の存在により、多くの開業資金は必要としないが、法人形態を希望する場合などに、起業を断念する場合もあった可能性がある。この点については、創業活動の活性化を目的に、2003年2月から資本金が1円でも株式会社や有限会社を設立できる「最低資本金規制特例制度」(新事業創出促進法の一部として運用)が始まった。同特例制度はこの金額規制を排除し、資本金1円からの起業を可能にした制度となっている。これまで事業を行ったことのない個人が新たに会社を設立する場合、2008年3月までは、特例として、規制未満の資本金でも会社設立を認め、設立から5年以内に規制を満たす資本金を用意すればよいことになった(ただし経済産業局への確認申請が必要)。同制度の利用者は第15図①に示すとおりであり、一定の効果を上げていると評価できる(うち、資本金が1円である会社は第15図②)
 開業する場合に法人形態が選択される割合が中長期的に増える傾向にあること、近年のサービス経済化への流れの中で、いわゆるSOHOタイプの起業等の初期費用の低い開業が増加していることも影響していると思われる。なお、第162回通常国会に提出された商法改正法案では、現在の最低資本金規制を恒久的に全廃することとされており、より起業を促進する方向で働くものと期待される。

○「有限責任事業組合(LLP)制度」の導入の動き
 組織法制における他の動きとしては、2005年に導入される「有限責任事業組合(LLP)」や、前述の商法改正法案で導入が予定されている「合同会社(LLC)」という制度がある。このうちLLPの特徴は、第16図の通りである。通常の株式会社と比較すると、LLPでは有限責任制を保持しながら、LLPの構成員に対する課税となることや、利益配分を柔軟に決めることで個人やベンチャーの事業に対する実質的貢献度に応じて利益の配分を大きくすることが可能になる点に特色がある。こうした利点を活かし、① 大学、ベンチャー、中小企業が、その技術力やノウハウを最大限に活かして、大企業と対等の立場で連携して新しい事業を実施することができる ②大企業が自社だけでは達成困難な研究開発・設備集約を、複数の企業がそれぞれの製品や技術や資産を持ち寄り、ジョイント・ベンチャー形態で協力しあうことによって達成することができる ③ IT産業やサービス産業など、多くの産業で専門的な知識を有する個人同士が集まって、個人だけでは行うことのできない規模の大きな事業を行うことができる、など幅広い分野で共同事業を行うことが可能となり、新しい事業形態による新市場の創出を実現することが期待される。

第15図①
最低資本金規制の確認申請件数及び会社成立数
~会社設立数は2万件を突破~


第15図① 最低資本金規制の確認申請件数及び会社成立数

第15図②
資本金1円による会社成立数
~利用数は順調な伸び~


第15図② 資本金1円による会社成立数

第16図
LLP制度の特徴
~新市場への進出促進に寄与することが期待される~

第16図 LLP制度の特徴

(2)倒産リスクへの対応
 1990年代は、バブル経済の崩壊と長期の景気停滞の中で、高い水準の企業倒産が続いた。倒産企業の経営者の中には、企業の債務について包括的に保証した結果、多額の返済責任を負わされた者等、その後の再起が困難になる者も多かった。この背景としては、破産手続きにおける自由財産の範囲がかなり制限されていたこと、包括根保証が法的な制限が緩やかなままに広く慣行として行われていたこと等の制度的要因があった。このような状況が、前述のように、人々のリスク回避的な志向を強めることにつながった可能性がある。
 今般の民法改正では、特に問題の大きかった包括根保証契約の「極度額」を当事者に定めさせたほか、保証期限についても合意により定める場合は最長5年、合意で定めない場合は3年で保証元本が確定することとした。また、「元本確定事由」も法定するなど、保証人の責任が過酷なものにならないよう手当が行われた(以上、第18図)。
 また、新破産法では、破産手続の迅速化・合理化等に加え、特に個人破産について、「債務者について経済生活の再生の機会の確保を図る」という破産法の目的を実現するため、自由財産の範囲を拡張し、免責制度を抜本的に変更することで個人破産者の経済生活の更生に配慮した内容となっている(以上、第19図)。
 このような制度改正が今後定着することで、中小企業経営者の事業リスクが軽減され、ひいては人々のリスク回避志向の修正と創業意欲の喚起につながっていくことが期待される。

第17図
LLP制度の活用事例
~大学と大企業が連携する事業イメージ~

第17図 LLP制度の活用事例

第18図
民法改正の要点
~貸金等保証契約における手当がされた~

第18図 民法改正の要点

第19図
新破産法制定の要点
~個人破産者の更生に寄与すると期待される~


第19図 新破産法制定の要点


(3)労働市場における人材の流動化の動き
 現在、日本で就業する者の大部分は被雇用者であることから、これらの者が開業する場合には、被雇用者から自営業者又は会社経営者へと就業上の地位が変わることになる。今後は、終身雇用や年功賃金等の雇用慣行の見直しが一層進むことで、このような就業上の地位が変わるケースを含めて、労働市場における人材の移動が活発化することが予想される。
 このような動きの中で、創業活動を活性化し、新たなビジネスと雇用を生み出し、日本経済の活力の維持・拡大を図るためには、企業で働く者が自ら事業を経営する立場へ移行する過程がスムーズに進むような環境を整えることが必要である。
 先に述べたとおり、被雇用者の開業に関するリスク回避傾向はこのところ強まっているが、被雇用者が創業に後ろ向きになる大きな要因は、創業後に今の収入水準を維持できるかわからないというリスクがあることである。この場合、企業に勤めながら、週末起業のような「副業」形態で事業を営むことが可能であれば、開業が増加する可能性がある。SOHO事業者について行われた調査等を見ると、最近増加しているSOHO事業者の中にはこのような副業形態の者が実際にかなりいることが分かる。
 被雇用者が自ら開業する場合、何の開業準備もせずに勤め先を辞め、それから準備をすることは希であり、実際は勤務を続けながら勤務先には内密に開業準備を進め、目途が立った時点で勤務先を退職するのが普通であると考えられる。しかし、これまでの日本の雇用慣行では、就業規則等で副業や独立準備行為を明確に許可している実例は極めて少ない。この点、最近大企業において、高齢者の独立支援等を従業員のキャリア形成支援策の一環として導入する中で、副業や独立準備行為を認める動きがあるため、このような動きがどの程度広がりを見せるかが注目される。
 欧州の一部の国において従業員の副業を奨励する慣行等があることが参考になる。このうちフランスにおいては、戦後、被雇用者の立場にある者を保護することに政策が集中し、経営者側をサポートする政策が軽んじられてきたため、労働市場が硬直化し、被雇用者の立場の者が開業をして経営者の立場に移動することがスムーズに行われてこなかった。また、長年高い失業率に苦しんでいたため、失業対策としても起業を促進する必要に迫られていた。このため、2003年8月に制定されたデュトゥレー法の中で、企業設立のプロセスの簡便化を図るとともに、被雇用者の副業・起業を促進することで経営者側への移行をスムーズに進めようとしている(第20図)。具体的には、従前は被雇用者のまま開業をした場合、給与所得者としての社会保険料と個人事業主としての社会保険料の双方を負担する義務があった。これは、社会保険料負担が高いフランスにおいて、開業を阻害する一因であったため、被雇用者の身分のまま開業(または企業買取り)した場合には、新規事業に関わる部分の社会保険料の支払いを1年間免除することになった。
 副業支援については、フランスでは公務員などを除き、もともと副業を持つことは原則自由であるが、労働契約で排他条項を設けて禁止することもできた点について、採用後最初の1年間は、被雇用者が雇用主に忠誠心を示す場合は、被雇用者の立場のまま開業準備をすることができ、雇用主はこれを労働協約でも禁止できないことを法定している。また、従前から開業を準備する被雇用者は、「起業休暇」を取得することが可能であったが、この条件を入社後3年経過から2年に、雇用主への事前通知期限を3ヶ月前から2ヶ月前に緩和している。また、「起業休暇」制度に加え、最長2年間パートタイムでの勤務形態を選択できることとし、被雇用者側の選択肢を拡大している。
 日本においても、今後、雇用慣行の変化を踏まえつつ、就業形態の多様化と人材の流動化が円滑に進むよう、必要な環境整備について検討していくことが課題となろう。企業の人事政策は徐々に能力・成果主義へと移行し、企業内での賃金格差が拡大するなど、従来の価値観によるところの「安定」を保障する枠組みが大きく変貌を遂げつつあり、大企業に勤務することが必ずしも真のリスク回避と直結しない時代を迎えている。このため、人材の流動化に向けた動きが、企業と従業員双方の利益にかなう形で進む可能性も生じてきていると考えられる。
 また、近年、被雇用者とも起業家とも異なった「雇われない、雇わない」働き方として、「インディペンデント・コントラクター(IC)」が注目されるようになっている。これは、企業勤務時代に身につけたスキル・経験を武器に、個人として企業から期限付きで専門性の高い仕事を請け負い、雇用契約ではなく業務単位の請負契約を複数の企業と結んで活動する独立した個人事業者を意味している。個人の労働や企業に対する価値観が多様化し、企業側でも業務の繁閑に応じた発注の実施や、法定福利厚生費の低減でメリットがあることから、双方のニーズに基づいて広まりつつある就業形態と言える。日本でのICの実数を把握したデータはないが、米国ではすでに900万人近いICが活動していると言われ、今後日本でもこのような働き方を選択する人が増える可能性がある。
 以上のように、日本においても、被雇用者から自ら事業を営む自営業等への移動の動きが、今後より活発化する可能性があることから、そのような動きに対する障壁を低くするような環境を整備し、開業の促進を図ることが重要な検討課題であると考えられる。会社法制等の整備とともに、このような個人が開業を目指す上でのリスク軽減につながる動きを支援していくことが重要である。

第20図
フランスのデュトゥレー法(起業促進法)の主なポイント
~被雇用者の副業や起業を積極的に支援している~

第20図 フランスのデュトゥレー法(起業促進法)の主なポイント

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