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月刊中小企業レポート
更新日:2006/03/30

元気な企業を訪ねて-チャレンジャーたちの系譜-

“~ まちに埋もれた素晴らしい財産をビジネスに活用。
中心市街地活性化と地域文化の創造をめざす。 ~”

渡邉 充子さん
株式会社創舎
代表取締役社長 渡邉 充子さん

中心商店街の築百年の町屋を、地元の食や地酒を提供する店に

  大町市は北アルプスの玄関口であり、立山黒部アルペンルートの起点でもある、山を愛する全国の人々に親しまれる”岳のまち“だ。
 また江戸時代には、「塩の道」ともいわれた糸魚川街道(千国街道)を運ばれてくる、塩などの海産物を松本城下に納める重要な宿駅として栄えた。間口が狭く、奥が深い町屋づくりの商家が軒を連ね、人やモノが行き交った往時の様子は、市街地中心部にある「塩の道博物館」でしのぶことができる。
 明治期の大火で当時の町並みはほとんど焼失したが、古い町屋づくりの建物は今もわずかに残る。そんな古民家のひとつで、塩の道博物館から徒歩数分のところにあった築百年の建物が今年8月、地元の食や地酒を提供する店「わちがい」に生まれ変わった。
 これは古民家の雰囲気のなかで、地元のおいしい水と地元産の食材を使ったオリジナル料理や「おざんざ」などの郷土料理、市内に3つある蔵元が醸した地酒を楽しめる店。大町市の観光ボランティアの拠点としても機能している。
 「わちがい」は江戸時代の大庄屋だった栗林家の旧居宅で、大町の典型的な町屋形式の建物。中心商店街のメーンストリート沿いにありながら、20年余にわたってほとんど空き家になっていた。
 店舗にするにあたっては厨房やトイレを新しくし、畳を入れ替えたほかはほとんど手をつけず、往時そのままの雰囲気。店名の「わちがい」は栗林家の屋号からつけたという。
 「この建物は町の中心にあるのに、みんな見過ごしていた。実際見せてもらったら、これは大変な財産だと気づきました。こんなに素晴らしいものがここにある。それを何とかしたいと思ったんです」と話す、「わちがい」を運営する創舎の渡邉充子代表取締役。同氏は近くにある「いーずら大町特産館」の前館長で、「いーずら大町特産館事業協同組合」の専務理事も兼ねる。
 大町出身だが美術大学附属高校で学び、染織や日本刺繍の世界で活躍。日展や日本現代工芸展などに出展し、若一王子神社の夏祭りの呼びものである「流鏑馬」の衣装制作も手がけるといった経歴の持ち主。酒瓶を使った照明など、「わちがい」のセンスの良い店内インテリアのほとんどもご本人の手づくりだ。


24の個人、法人が出資し、事業協同組合を設立

 「わちがい」誕生の背景には、いーずら大町特産館事業協同組合での8年間の活動の経緯がある。
 同事業協同組合は、地元特産品のPR活動などを行っていた地元有志による「大町市の特産名産を振興する会」が母体となり97年に設立された。現在、「白馬錦」醸造元である薄井商店の薄井朋介社長が理事長を務める。
 設立のきっかけは、中心市街地の空洞化に危機感を抱く大町市から、空き店舗を利用して活性化事業ができないかと同会に協力の依頼があったこと。3年間は市がバックアップするという条件付きだった。
 会では将来独自の店づくりを視野に入れていたこともあり、議論を重ねた末、食料品、酒類、手すき和紙や木製品、装飾品など地元特産品の製造業者を中心とする24の個人、法人が出資し、事業協同組合を設立。その2カ月後、JR信濃大町駅から徒歩3分、塩の道博物館ほど近くの蔵造りの建物に地場産品や郷土食を提供するいーずら大町特産館をオープンした。
 大町市では95年、業種別に組織されていた特産品業界を総合的かつ有機的に結合し、地域地場産業の振興発展を図ろうと「大町市ブランド振興協会」を発足。県内外で開催される物産展への出展、推奨品カタログの発行、大町ブランド推奨品シールの作成、新商品等の開発支援補助などの事業を行ってきた。
 同事業協同組合の設立はそれを受けたもので、同協会と共同で事業を展開し、より効率的に地元特産品の販路拡大をめざす役割が期待されている。
 スタートにあたって、専従職員として参加を請われたのが渡邉社長だった。「4世代7人家族で、祖母を6年介護。その間に母親も脳梗塞で倒れるなど大変な時を過ごしました。そんな時に来たのが、いーずらのお話。中学になった息子に、チャンスだからやってみたら、と背中を押されて引き受けました」。


こだわりのある商品を通して、自分たちの思いを伝える

 同事業協同組合のメーン事業は、いーずら大町特産館の運営。もともと地元での消費が主体だった地場産品を、大町を訪れる観光客向けに展示・販売しようという商業施設で、異業種の組合員による共同販売形式をとる。もっとも組合員ごとに間仕切りを設けず、商品カテゴリーや展示方法によってそれぞれの商品が混在するため、外見は一般の土産品店と変わらない。併設した喫茶施設では地場食品も提供している。
 当初、観光客向けに始まった事業だが、次第に地元での認知が進み、売上げも向上。そこで当時館長だった渡邉社長が中心となり、高齢者を対象とする「お達者カード」によるサービスを企画・運営するなど、地元顧客の獲得にも力を入れている。また東京電力の協力により「高瀬川テプコ館」の敷地内にも店舗を設け、観光客への絶好のPR活動の場としている。
 もうひとつの柱が、年間20回にも及ぶという各地で開かれる物産展等への出展だ。これは先述の大町市ブランド振興協会との共同事業。市職員、組合理事と組合員がキャラバン隊を組み、地元特産品数百点を会場に持ち込んでPRしながら販売するという活動を行っている。
 「メンバーそれぞれ仕事をやりくりして都合をつけ、県内はもとより東京、遠くは九州、北海道まで重い荷物を持っていって、また引き上げてくるという作業は大変。私たちの町を何とか全国の皆さんに紹介したいという、みんなの熱い心で支えられている活動なんです」
 薄井理事長はその取り組みについてそう話し、さらにこう続ける。「いーずらには大型バスも止まらないのにリピーターが多い。それはこだわりのある商品を通して自分たちの思いを伝えるという、我々の地道な活動が実を結んでいるということだと思いますね」。


大町の「良いところ探し」で、素晴らしい建物を”発見“

 地域には、「道の駅」のような新しい大型施設が必要だという意見もあったという。しかし薄井理事長や渡邉社長は、旅行のスタイルが団体から個人へとシフトするなかで、別の道を模索するべきではないかと感じていた。いーずらに対する評価や実績の高まりが、その何よりの証ではないかと。
 一方では、大町に残る古い建物を再発見し、それを守ろうという動きも生まれていた。それに共感した薄井理事長が数年前、渡邉社長をはじめとする有志とともに「やるじゃん会」を立ち上げ、大町の「良いところ探し」を始めた。この活動のなかで渡邉社長が
”発見“したのが、中心街にひっそりと佇んでいた栗林家の古民家だった。
 「こんな素晴らしいものがあったのかと驚きました。これはぜひ大切にしなければいけない、何とかしたいと思ったんです。それで04年9月から半年、個人的にこの建物を借り、実際に何かに使えるかどうかをいろいろ試してみました。その間、市の観光審議会をここで開いてもらうなど、一人でも多くの方にここを見ていただくよう努めながら。もっとも冬は足の裏から凍りつくような寒さには参りましたが(笑)」と渡邉社長。古民家を利用した新たな店づくりの夢がここからスタートしたのである。
 薄井理事長はその思いを聞き、「組合が増資し、いーずらの第二店舗としてやるのがベター」と考えた。しかし厳しい経済状況の中、組合員にさらなる投資を求めるのは無理。一方で、この古民家を活用して中心街に人を呼び込みたいという思いはふくらむばかり。悩んだ末、渡邉社長、薄井理事長など、同じ思いの4人が出資して「株式会社創舎」を設立することを決断した。


背水の陣を支えるのが、いーずらでの「自信」

 

「正直、やめるなら今だ、とも思いました」と渡邉社長は明かす。
昼間も人通りが少なく、空洞化が進む中心商店街。あえてそこに出店するのはある意味「無謀」ともいえる試みに違いないことも十分分かっていた。それでも決断したのはなぜか。渡邉社長は次のように話す。
「素晴らしいものがたくさん残っているこの町が好きだという思い。そして何より、いーずらを守りたいという強い気持ちがありました。いーずらが存続するためには、人が歩いてくれる町にしなければいけない。空き店舗を利用して、食のいーずら、喫茶のいーずら、漬け物のいーずら、お酒のいーずらと、小さな店を点在させていったら、町全体のムードが少しずつ変わり、人に歩いてもらえる町になる。前からそんな夢も抱いていました。いーずらではお金がなかったので、ウインドーディスプレーや店内レイアウトはすべて手づくりでやってきた。だから、お金をかけなくてもやれるという自信はありました」。
運営主体を株式会社という形態にすることにも賛否両論あったという。「誰かのお金をあてにするのではなく、またいつまでもみんなの熱い思いに甘え続けるのでもなく、きちんと自前で利益を出し、まかなっていこうと。それであえて会社組織を選びました」と渡邉社長。
まさに背水の陣。あえて自分たちを追い込み、何が何でも成功をめざすという覚悟がひしひしと伝わってくる。それを支えるのが、厳しいながらもいーずらを設立以来一貫して無借金で経営してきたという自信だ。


地道に続けていくことが大事だと思います

社名の「創舎」には、何かを創り、互いに学びあう場所になりたいという思いが込められている。
単に食を提供するだけでなく、例えば女性が食と酒の粋な楽しみ方を学べるようなイベントなどの企画を通して、大町の良さや文化を発信する場をめざす。観光ボランティアの拠点として開放したり、市から依頼されて弦楽四重奏コンサートにスペースを提供しているのも、その一環だ。
「単発イベントを繰り返しても、町の活性化にはつながらない。自然発生的に生まれたことを大切にし、それを地道に続けていくことが大事だと思います。みんなが思っている大町の良さをいかに引きだしていくか。やってみたいことはたくさんあるんです(笑)」。
渡邉社長のそんな熱い思いが伝わったのか、オープン直後から全国誌、地元誌を問わず取材の申し込みが相次いでいるという。
「本当言うと、これからが心配でしょうがない、というのがホンネ(笑)。でも始めてしまったからにはやるしかない。皆さんに応援していただきながら、何とか成功させていきたいと思っています」。
「不安」と口にしながらも、その表情には晴れ晴れとした爽やかさとともに、力強さがみなぎる。渡邉社長と創舎の挑戦は今、始まったばかりだ。



プロフィール
渡邉 充子さん
代表取締役社長
渡邉 充子
(わたなべみつこ)
中央会に期待すること

中小企業施策についての提言
事業協同組合立ち上げ時には書類作成はもとより、税務署に酒類販売申請のために大変なご尽力をいただいた。今でも事業運営においてさまざまな側面からバックアップをいただいているのでこれからもきめ細い支援を望みます。

経歴 1956年(昭和31年)生まれ
1977年3月 女子美術短期大学専攻科卒業
1997年4月   いーずら大町特産館事業協同組合に勤務、事務局長に就任
2004年5月   同事業協同組合専務理事に就任
2005年7月   株式会社創舎代表取締役に就任
出身   大町市
趣味   染織、日本刺繍など。日展、現代工芸展などに出展し、若一王子神社の流鏑馬騎士の衣装制作も手がけた。

企業ガイド
(株)創舎

本社 〒398-0002 大町市大字大町4084
TEL・FAX.(0261)23-7363
創業   2005年7月
資本金   1,200万円
事業内容   郷土料理など飲食の提供、地元特産品の販売、PR・イベントの企画提案等
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