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月刊中小企業レポート
更新日:2006/03/30

元気な企業を訪ねて-チャレンジャーたちの系譜-

“~ 輸送品質向上とコスト削減、そして社員の意欲向上。
独自の配車支援システムで 実現した企業改革。 ~”

岩下 勝美さん
アート梱包運輸株式会社
代表取締役社長 岩下 勝美さん

「カンバン方式」で1日2回、38カ所の納入先に輸送

 「必要な部品が、必要な時に、必要な量だけ、その工程に到着しなければならない」―「ジャスト・イン・タイム」を基本思想とするトヨタ生産方式。それを実現しているのが、世界に知られる「カンバン方式」だ。
 後工程が前工程から必要なものを引き取るという後工程引取り方式がその基本であり、生産・運搬の指示を行うのが「カンバン」。情報の流れとモノの流れを一致させる、ジャスト・イン・タイムを実現する最も重要な役割を担う道具だ。
 アート梱包運輸は昭和51(1976)年、トヨタ自動車からの要請を受けカンバン方式を導入。長野県内の自動車部品メーカー四社が生産する自動車部品を積み合わせて1日2回(11時間サイクル)、38カ所の納入先に輸送する業務を開始した。
 同社にカンバン方式を植え付けたのは、他でもないトヨタ生産方式生みの親といわれる大野耐一氏。岩下勝美代表取締役社長は当時をふり返ってこう話す。
 「部品メーカーから輸送され、山積みになっている製品を見て、大野さんは『あさって使うモノまで今日積んであるのはどういうことだ。欲しい時、欲しいだけ持って来させればスペースが小さくてすむでしょう』と。そこから始まりました。当時、輸送会社は大量一括輸送がメーン。それだけに最初はかなり抵抗がありましたね。半径250キロ以上のエリアで2回納入を開始したのは当社が初めてだったと思います。今ではカンバン方式が当社のベースを成しています」
 同社創業は昭和37(1962)年。エンジンピストンメーカー、アート金属工業の販売会社、アートピストン(株)の輸送部門から分離独立した。
 現在、同社が運ぶ荷物の七割が自動車部品。東御市本社のほか県内三カ所、県外は川越、名古屋、浜松、滋賀、山形に営業所を展開し、トヨタ自動車、ホンダなど、ほぼすべての自動車メーカーに荷物を届けている。帰り便で長野を含め北関東五県のトヨタの部品共販向けに純正部品を運ぶ体制をとるなど、輸送効率の向上にも積極的に取り組んでいる。
 カンバン方式に対応する業務は単に荷物を運ぶだけの作業ではない。「ドライバーは自分の積み荷がいつどの工程で使われ、どういう役割をするのかまで把握していないと勤まらない」と岩下社長。そのためドライバー経験者でも最低一カ月ほどの教育が必要だという。


試行錯誤の末、先がけて独自の配車支援システムを完成

配車支援システム 概要図
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 「創業当初から道路状況の情報収集には特に力を入れ、災害や事故等があってもつねにルートを確保。いまだかつてトラックが着かずお客様に迷惑をかけたことは一度もない。それが当社の自慢です」
 岩下社長が自負するように、同社は「情報、物流、サービス」の一貫した流れのなかで独自の物流システム構築に力を入れてきた。もっとも従来、車両の位置確認方法は電話。予期せぬ渋滞に巻き込まれた時など、配車担当者は顧客の問い合わせへの対応、運行状況の確認などに追われ、情報を送るドライバーの負担も大きかった。
 「このような問題を解決し、より精度の高い情報提供が可能な配車支援システムができないか」。そんな思いから同社、上田日本無線、第一無線コンピュータシステムの三社共同で開発に着手。構想から約2年、平成12(2000)年12月に独自の配車支援システム「ミレニアムシステム」が完成した。「試行錯誤の繰り返し。資金もかさみ、開発中止を考えるところまでいきました。しかし思い切って決断しやり遂げた。それが良かった」と岩下社長。
 このシステムはNTTドコモのパケット通信サービス「DoPa」を利用。GPS内蔵の車載端末から自動的に送信される車両の位置、アイドリング時間、走行速度、渋滞情報、積載情報などを本社情報センターのサーバで瞬時に処理し、管理、データ化する。車両の位置情報などはインターネットを介し、社内はもとより、顧客社内のパソコンからもリアルタイムでアクセスが可能だ。現在、車載端末は約百六十台の車両すべてに搭載。今後さらに専属の下請け業者の車両にも搭載する予定だという。
 「今はデジタルタコメーターの普及によりシステム化が進んでいますが、当時としては珍しかった。同業他社に先がけて取り組んだのは、差別化しなければ生き残れないという強い危機感から。お客様からは非常に高い評価をいただいています」


現場でコツコツとやっている人に日が当たる評価をしたい

 スムーズな配車により輸送品質を高め、コスト削減、業務の効率化の実現をめざした「ミレニアムシステム」。しかし活用効果はほかにも現れた。社員(ドライバー)のモチベーションアップに大きく役立ったのである。
 例えば、荷積み・荷下ろしの作業中はエンジンを停止するのが決まり。このシステムでは何時何分から何時何分まで荷積みを行い、どのくらいの時間アイドリングをしたかというデータが正確に用紙に打ち出される。走行速度はもとより、どんな運転をしているかまで、それを見れば車両ごとに一目瞭然。燃費を高めるための指導を行うこともできる。
 その実効を高めているのが、データに連動したドライバーの人事評価制度。「スピード」「アイドリング」「燃費」「事故」「改善提案」の5項目をポイント制にし、賞与に反映させている。つまり制限速度を遵守し、ムダなアイドリングを極力せず燃費向上を心がけ、安全運転に努めれば努めるほどポイントが上がり、評価が高まる。やればやっただけ公平に報いられる仕組みだ。
 実際、同じ営業所の社員同士が競い合い、飛び抜けた省エネ走行を達成し続けているケースもあるという。「2人はかなり努力して結果を出している。彼らには通常の評価のほかにインセンティブとして金一封を出しています。それでも燃費低減によるコストダウン効果の方がはるかに大きい」と岩下社長は笑う。
 「かつては各拠点の所長がそれぞれ自分の目線で評価していました。しかし、それでは拠点ごとに評価基準がバラバラで、頑張ったのになんで自分の評価が低いのか、という不満も出てきてしまう。それではまずい。ポイント制は誰もが公平に評価され、一度評価を落としても次に頑張ってポイントを上げれば復活できるという望みも持てるシステム。現場でコツコツとやっている人に日が当たるような評価をしたい。それがこの制度の根本です」
 岩下社長は毎朝7時10分頃に出社。デスクでメールチェックなどをした後、トラックが並ぶ現場に降りて行き、早朝から作業をしている社員に声をかける。現場社員とのコミュニケーションが大切という思いから毎日欠かさない日課だ。さらに「社長診断」と称して3カ月に一度各営業所を回り、気がついた点のチェックも心がける。夜、社員と飲み交わすこともあるという。
 「古い時代からの体質、制度を変えることには当然、社員の抵抗があった。机上の論理ではなく、まず現場を見て、現場の人と何度も繰り返し話し、理解してもらわないと意識改革はできない。輸送業は感情のある人間が担う仕事。社員の悩みを聞いたり、いろいろな話をするなかで実現していくものであり、システム作ればそれで良しではないんです」


日本の物流を大きく変革する「3PL」に取り組む

 「3PL(サードパーティ・ロジスティクス)」―物流業界で最近注目されているキーワードだ。今年五月には物流事業者を中心に84社が加盟する「日本3PL協会」が発足。アート梱包運輸もそこに名を連ねた。
 日本の物流は、荷主が物流システムを構築、管理し、物流業者が輸送や保管といった実作業レベルを担うというのが主流である。一方、3PLは物流システムの構築を荷主が専門業者にアウトソーシングする、アメリカで導入されている物流形態。荷主は在庫管理を原点とする物流サービスのマネジメントに特化し、物流活動そのものは専門業者に任せるというスタイルだ。そのメリットは荷主企業の立場に立ったサービスの提供により、物流コストダウンを実現できるところにある。
 従来の日本の荷主と物流業者の役割分担を変え、企業物流のあり方を大きく変革する可能性がある3PL。物流事業者にとっては絶好の新規業務領域である。「輸送業務だけでは他社に簡単に乗り換えられる可能性もあるが、3PLはお客様との結びつきをより強固にすることができる。当社ではすでに3PLと同様の考え方に立った業務を始めていますが、その分野をさらに積極的に拡大していきたい」と岩下社長は意欲を見せる。


キャラクターは「ピートくん」。業界の社会的評価向上をめざして

 一方、同社では本業とは別に、高齢化社会に対応した福祉事業サービスの提供も行っている。
 これはプロドライバーが運転する専用車両により、通院やデイサービス、買い物、家族との旅行などあらゆるニーズに応え、希望の目的地まで安全に送迎する事業。地域の老人保健施設等とも提携し、家に引きこもりがちなお年寄りや障害者などの外出支援を行う。「親族がいる東京に出かけたい、花見に行きたいなど、本当にさまざまなニーズがあります。それに丁寧にお応えしています」。
 同社では最近、「ピートくん」と名づけたイメージキャラクターを導入し、各車両に展開している。キャッチフレーズは「アートのつばめは真心こめて 愛の翼で走りぬく」。女子高校生がカメラ付き携帯電話で撮影していく姿も見られるなど人気も上々のようだ。
 「我々の業界はまだまだ社会的評価が低い。それをなんとかレベルアップできないかとつねに考えています。大切なことは、業界全体で輸送秩序を守り、コンプライアンスを厳守し、さすがプロの輸送業者だと一般の評価が得られるよう努力していくこと。もっとも全国6万社の7割強が中小零細業者といわれ、毎年千社が倒産・廃業し、2千社が新規参入してくるこの業界。教育はなかなか難しいのも事実なのですが」
 輸送業界に訪れている変革の波。それを味方につけ、さらに飛躍できるか。あるいは厳しい波にのみ込まれるか。長野県業界でトップクラスの実績を持つ企業のトップとして、岩下社長はあらゆる面での質的向上をめざし、さらなる飛躍への挑戦を続ける。


プロフィール
岩下 勝美さん
代表取締役社長
岩下 勝美
(いわしたかつみ)
中央会に期待すること

中小企業施策についての提言
 上小トラック事業協同組合(19社)でおつき合いしている。月例会でいろいろな提案をしていただく機会を作り、組合員が理解していただくようにしている。
 当組合では高速道路の手数料収入がメーンの事業。燃料やタイヤの共同購入などはそれぞれの企業が独自に取り組んでいる。

経歴 1943年(昭和18年)6月12日生まれ
1966年3月 駒澤大学商経学部商経学科卒業
1966年4月   アートピストン株式会社入社
1975年9月   アート梱包運輸株式会社に移籍
1980年11月   取締役に就任
1987年12月   常務取締役に就任
1999年12月   代表取締役社長に就任
公職   上小トラック協会 会長
上小トラック事業協同組合 理事長
長野県トラック協会 理事
出身   上田市
趣味   ゴルフ。大学まで野球をやっていたスポーツマン
家族構成   妻、子供2人(男女)

企業ガイド
アート梱包運輸(株)

本社 〒389-0406 東御市八重原3510-1
TEL.(0268)67-0345(代) FAX.(0268)67-0350
創業   1962年12月
資本金   5,000万円
売上高   年間65億円
従業員   300名
事業内容   一般貨物自動車運送事業、運送取扱事業、梱包事業、納入代行業
事業所   本社、上田、松本、東部物流センター、川越、名古屋、浜松、滋賀、山形、大阪(連絡所)、東京(連絡所)
関連会社   アート梱包整備工場(株)、アートコンポー倉庫(株)、(有)長野液送
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