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月刊中小企業レポート
更新日:2006/03/30

労働局は地域企業の経営パートナーとして、「人」に関する総合サービスを提供しています

―中村かおり長野労働局総務部長に聞く―

 優秀な人材をいかに確保するか。それは企業にとって最大のテーマであり、少子高齢化や若年者の仕事離れなど、就業におけるミスマッチも深刻な問題になりつつあります。そのような労働環境の中、厚生労働省から長野労働局に赴任して一年。労働行政全般のマネジメントを手がける中村かおり総務部長に、長野県における労働行政がめざすもの、その役割についてお聞きしました。

広い県内に労働市場が分散していること、
製造業就業者が多いことが長野県の特徴

Kaori Nakamura
Kaori Nakamura

長野に赴任されて1年ということですが、長野県にはどのような印象をお持ちでしょうか。
 人材も自然も、資源が豊富だと感じます。仕事でも議論を惜しまずとことん話される方が多いですね。自分の意見をはっきりと述べるということは、普段からものすごく考えていらっしゃるのだろうと思いました。一方、自然は山並みがきれいですし、帰り道に夜空を見上げると星がとてもたくさん出ていますね。晴れた冬の夜にはオリオン座の腰の剣まではっきり見えます。こんな素晴らしい自然の資産をお持ちだということに、信州の皆さんはあまり気づいていないのかもしれませんが、とても豊かな生活環境だという印象を持ちました。

長野における労働行政についてお聞きしたいのですが。

 長野労働基準局と女性少年室、県庁に置かれていました職業安定行政が一緒になり、平成12年に長野労働局となりました。県内の労働基準監督署、公共職業安定所を運営し、総務部では労働局の組織マネジメントや政策全般のとりまとめを担当しています。

労働市場において長野県の特徴はどんなところにあるとお感じですか。

 まずひとつはこの広さ。ひとつの県にこれだけ労働市場が分散しているというのは珍しいように思います。もうひとつの特徴は製造業に就いている人が多いこと。長野はものづくりが盛んということで、やはりそれが非常に大きな特色だと思います。労働市場が分散しているので昼間人口の流れもある程度決まった地域に限られてきます。それで北信や南信といった、地域ごとの特色がしっかりと保存されているのかと思いました。また製造業割合が高いということは、長野の産業が国際市場と直接・間接に密接に関係し、非常な競争にさらされているということだろうと思います。

従来、職業安定行政は県庁内にあり、県との連携がうまくとれていました。それが国に一本化され、県行政との連携はいかがでしょうか。

 雇用政策については現在も県と密接にご相談しながら進めています。象徴的なのが、松本市の「ジョブカフェ」です。県が設置したジョブカフェに職業安定所が窓口を開き、若年者雇用のワンストップサービスセンターとして共同でサービスを提供しています。全国の趨勢を見据えながら、広い労働市場と長野県内の労働市場とがうまくマッチして政策が進んでいるのではないかと思っています。

何か問題点はありませんか。

 雇用面については、田中知事も非常に力を入れていらっしゃるとお聞きしていますし、県庁担当部局の取り組みも先進的で、県全体として良いパフォーマンスを示していらっしゃると思います。厚生労働省の本省では地方それぞれの特色まで反映したモデルはなかなか示し難いのですが、長野県からはものづくりにおける若年者の職業能力開発に関して具体的なご提案もいただいています。さらに県、大学、産業界などが一緒になって能力開発を行っていこうという構想もお持ちのようです。そういったところも今まであまりなかったことかなと思いますね。

人事部をアウトソーシングする気持ちで、労働局を上手に利用していただきたい

これからの労働行政のスタンスについて、お考えをお聞かせください。

 労働行政は労働基準監督署、公共職業安定所、雇用均等室と分かれていますが、人に関する各種サービスを提供し、働く人のウエルフェアを向上させるという目的は同じ。県内企業がその力をより発揮できるよう、「人」に関する総合サービスを提供するのが私たちの仕事です。目的を持って上手に使っていただければと思います。例えば事業拡張期に新たに人を雇い入れる場合、安定所には数多くの人材ストックがあり、その業界における平均的な賃金や標準的な労働条件といった個別の事業主さんではなかなか分かりにくい情報もご提供できます。また事業縮小・労働条件変更の際には、監督署はどんな法務部にも負けない労働法のプロ集団です。さらに平成13年からは、事業主と従業員との間のもめ事を深みにはまる前にスムーズに解決するサービスを開始しました。要するに、人事部をアウトソーシングする気持ちでお使いいただきたいのです。地元の事業主さんにサービスをどうお使いいただくかは大きなテーマであり、監督署長、安定所長も一生懸命取り組んでいるところです。

民間の職業紹介業者とのかね合いは。

 ハローワークのサービスは、求職者の能力・資力・属性・地域に関わらず提供される安全網であるところに存在価値があります。官が全国ネットワークを生かした大きなサービスを無料で提供することは重要だと思っています。有料職業紹介業者が行なう比較的収入の高い人向けのサービスは非常に良いと思うのですが、もうけになりにくい就職弱者まで併せ考えると、官の取組み甲斐もまだまだあると思います。もっとも民間開放の話がかなり進む中で、安定所も民の経営視点を見習ってしっかりやっていかなくてはという意識が高まっています。国がやっていて良かったと思っていただける的を射たサービスができるよう、いろいろなお声に耳を傾けているところです。

労使紛争解決のサービスについて、具体的な事例をお聞かせください。

 労働者を配置転換しようとしたら拒否された、社内のイジメ問題が深刻化している、社員を解雇しようとしたら裁判を起こすと言われた、などの事例が多いですね。具体的にはこんな事例がありました。ある会社がA事業部の専門職として使おうと新入社員を採用しましたが、期待通りの力量を発揮してもらえなかったので、B事業部に回そうということになりました。しかし社員の方が、それでは自分の専門性を生かせないし、入社時の約束とも違うので会社側の嫌がらせだとしてトラブルが起こったのです。事業主からすれば、期待通りのパフォーマンスが得られなければ人を動かしたいと思うのは当然のことなのですが、こういう事例は結構たくさんあります。こんな労使間のギャップが生じた時、労働局で提供できるサービスが個別労働紛争の解決・仲裁です。使用者と労働者との間に中立の立場で入り、お互いにこのぐらいの線で折り合いませんかと仲裁し、平均1ヶ月以内に解決します。サービスは無料です。

専門的なスタッフが取り組んでいらっしゃるのでしょうか。

 はい。局内に専門の相談スタッフがおり、さらに個別の斡旋委員として弁護士や大学の先生方にもお願いしています。両者の主張のギャップをどう埋めていくかについて非常に慣れており、事例の蓄積も豊富です。

相談が急増しているようですね。

 そうですね。事業主、労働者のどちら側からもよくご相談をいただきます。民事上の個別労働紛争にかかる相談件数は、平成14年度の780件から、平成15年度は1348件へと増加しています。中小企業の場合、労働法の専門知識を持つ人がいない場合も多く、もめ事が起こると長引き事業自体にも影響が出かねません。そういう点からも、とても好評をいただいています。

企業と意欲ある若年者とのマッチングの切り札が「日本版デュアルシステム」

雇用のミスマッチの問題が深刻化していますね。

 能力のミスマッチなら本人が能力を磨けば解消することもあるでしょうが、働き方そのものだと本人の努力では克服しがたい。つまり、本人は正社員を希望しているのに派遣労働の求人しかない、そんなミスマッチが増えてきているのかなと思います。リストラなどによる中・高年齢者の再就職では、その年齢になって新しいスキルを習得して新しい分野へというのも大変です。安定所では個別のケースにあった提案をという観点から、同じ求職者に同じ職員が一対一で継続的に相談にのり、職業を紹介するサービスを行なっています。一人ひとりにカスタマイズされた紹介ができるため、早く再就職したい方に非常に好評です。

NEETなど、就職しない若者たちの問題も取りざたされていますね。

 はい。今の若者でひとつ特徴的なのは、自分の身の回りの何となく慣れ親しんだ分野なら働けそうだけど、その他の分野のことはよく分からないし、どうやってその仕事をする人になったらいいのかも分からないから志望しない、というのが非常に大きいと思うんですね。そのギャップをある程度埋めるものと期待している新しい制度が、全国中央会さんにもコーディネーター事業をお願いしている「日本版デュアルシステム」。これは専門学校、県の技術専門校などで勉強しながら、企業で実習をして実践力を身につける現代の弟子入り制度で、実務と座学の両輪で一人前の職業人を育てあげ、企業に正社員として雇っていただこうというものです。長野県では平成17年度から県の技術専門校で本格始動の予定です。

この「日本版デュアルシステム」の制度は、中村部長が企画立案されたものだそうですね。

 はい。長野に赴任する前、本省にいた時に担当しました。ドイツの職業訓練制度を参考にしているのですが、なかなかおもしろい取組みだと思います。若年者がどこに向けて努力していけばいいのかというゴールがはっきり見えるし、目の前に与えられたものを一つ一つこなしていけば自然とその分野、その企業で役立つ一人前の職業人に育つ。一方、企業はその人が正式入社するまでに能力を見極めることができる。若者にとっても企業にとってもメリットが大きい制度だと思います。

うまく機能すればまさに理想的なシステムですね。それにしても若年者の雇用問題は難しい。

 今の若年者はとても失敗を恐れるというか、すごく慎重なのかなと思いますね。逆説的に聞こえるかもしれませんが、ちゃんと仕事に就かない人が増えてきたのも、一生の仕事を決めることに慎重になりすぎるあまりなかなか決められず、結果としてフリーターに流れてしまうというケースも多いのではないかと思います。

日本はなかなか失敗できない社会、なんですね。

 失敗してもやり直せばよいと思いますが、親御さんの経済水準も比較的高くなり、どうしても働かなければならないという必然性があまりないというのもあるかもしれません。さらにご本人の自主性もさることながら、親御さんの影響が大きく働く時代のようにも見受けられます。

急速に進む少子高齢社会の中では人材の生かし方が大きなテーマになる

少子高齢化が進展する中、長野県はさらに全国平均より10年早く進んでいます。その中で職業安定行政はどう考えていったらいいのでしょうか。

 長野県は先進的なものづくり企業が多く、これから先も良い労働市場が継続されると思います。そういう中で大きいのは使用者側の人材マネジメントに対する認識です。これからメーカーで主要な開発業務を担当されている団塊の世代が退職期を迎えますが、今後もし若年者の良い人材が採用できなかったら、その退職者を労働市場に留めおいて活用するというのも考えだと思います。他県の例ですが、技術者が大量に定年を迎える年が来るにあたり、多少給与が下がっても技術者兼教育係のようなかたちで労働市場に残ってもらい、その産業の発展に貢献してもらうという取り組みをされているところもあります。

製造業は空洞化により雇用の吸収が難しいという問題もあり、サービス業など他の産業にうまく結びつけていくという施策も必要かと思いますが。

 なかなか難しいですが、職業能力開発というか、人材をどう生かしていくかが大きなテーマになってくると思いますね。長野県ではひとつの分野、企業でスキルを磨き、それを生かしていくというパターンが多いと思いますが、外部の機関で先端的なスキルを学び、また労働市場に戻ってくるという方法もあるのではないかと思います。

例えば建設労働者を他の産業へという場合、職業訓練の問題も出てきます。それは行政の力をお借りしなければできないと思うのですが。

 建設業の問題は大きいですね。長野県庁で建設業離職者向けにトライアル雇用を実施されていますが、政策的に大きな変動がある場合には行政が責任をもって吸収していくことが必要だと感じます。

地域間競争の時代においては、地域経済の活性化が非常に重要です。雇用政策面で長野労働局の占めるウェイトは非常に大きく、期待しています。

 ありがとうございます。私どもが主体的にできるサービスを積極的にアピールし、事業主が最適と思うサービスを上手に使っていただくというのが本来のあり方だと思っています。長野は何となく行政と民間の間に線が引かれているような気がするのですが、川の向こう側とこちら側ということではなく、地域の共同体としてそれぞれの役割分担をしっかりとやっていくと、そうすれば地域ごとにその分野に応じた発展が望めるのではないかと思います。監督署も安定所も、その地域の産業の事情から人々のものの感じ方までよく見ています。総務部長の立場からは、「人」に関する総合サービスの提供という視点で、その地域をどう生かしていくか、そのためには何を担うべきかなどよく考えながら長野のための政策をご提案していけたらと思っています。

 お忙しいところ大変貴重なお話をいただきました。どうもありがとうございました。

中村かおり氏 中村かおり氏略歴
昭和46年12月東京都生まれ。平成6年3月東京大学経済学科卒業後、労働省(現厚生労働省)入省。平成12年5月ハーバード大学政治行政大学院修士課程修了。その後、内閣府、厚生労働省国際課、職業能力開発局等を経て、平成16年4月より現職。
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