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月刊中小企業レポート
更新日:2006/03/30

元気な企業を訪ねて-チャレンジャーたちの系譜-

“~ 自主的にものを考え自律した〈考動〉する社員の育成と、
在庫精度の向上による身軽な 経営で、出版不況を乗り切る。~”

星沢 哲也さん
東京法令出版株式会社
代表取締役社長 星沢 哲也さん

7年ぶりの対前年比プラス。岐路に立つ出版業界

 今年5月、片山恭一の恋愛小説『世界の中心で、愛をさけぶ』(01年刊行・小学館)の発行部数が251万部を突破した。さらに世界的ベストセラー『ハリー・ポッター』シリーズも驚異的な売上げを続ける。
 出版科学研究所のまとめによると、2004年上半期(1~6月)の出版販売金額は前年対比1.0%増の1兆1395億円。書籍が3.2%増の4987億円と牽引し、実に7年ぶりにプラスに転じた。
 96年から昨年まで7年連続対前年比マイナス。ピークの2兆6千億円から、現在は2兆2千億円程度にまで市場規模が落ち込んでいる出版業界にとって、ようやく訪れた明るい兆しのようにも見える。
 しかし、加除式法規書をはじめ、警察、消防、省庁・自治体向け書籍・雑誌、学校・教育関係図書の出版を手がける星沢哲也社長の見方は厳しい。「今はインターネットや携帯電話の普及により、世界の情報が瞬時に手に入る時代。本に費やす時間とカネが、中高年層にはインターネット、若年層には携帯電話に振り向けられているのではないか。このような時代の変化により出版業は今、岐路に立っていると感じています」。

各種加除式法規書をはじめ、手がけるのは専門分野の実用書

 東京法令出版は1947年(昭和22年)、戦後の農地改革を推進する法令集をまとめた『農地調整法並関係法規』を出版。そして翌48年、国家地方警察と自治体警察からなる新しい警察制度の発足を受け、新警察法と周辺の法令等を収録した『警察関係法令集』を刊行した。これが同社のスタートである。社員は14人。
 戦後間もない頃だけに、印刷用紙・発送用資材の供給や輸送力もままならないなか、特に『警察関係法令集』は全国から注文が殺到。これを先導に、現在も主要分野である警察分野に販路を拓いていく。この開拓者精神が草創期の社員に進取の気性として培われ、同社の基本理念の原型へと発展した。
 現在、同社は各種加除式法規書をはじめ、警察・司法、消防・防災、各省庁・自治体などを対象にした各種単行本ならびに雑誌、小・中・高等学校の教授資料および生徒用学習参考書、各種資格取得のための問題集、参考書といった教育図書の企画・編集、出版、販売を手がける。
 そのほとんどが実用書。各省庁や団体、学校などで実務を行うにあたって必要な法律や知っておきたい専門知識、実務者としてのスキルを高める情報などを分かりやすくまとめた書籍・雑誌だ。
 一方、パソコンの普及にともない、法規書等のCD-ROM化やインターネットを通して法令データの検索ができるシステムなど、電子出版物やコンピュータシステムの企画・開発・販売も行っている。


〈自主本〉と〈受託本〉の二本柱。厳しさを増す収益の確保

 同社の特徴は、自社が主体となって企画・編集し発行する〈自主本〉と、各省庁・団体、学校等からの依頼によって編集・発行する〈受託本〉の二本柱による本づくりを行っていること。特に予算と販売先があらかじめ確保されている受託本の比率が高く、それが同社の堅実経営を長年にわたって支えるバックボーンにもなってきた。
 しかしここ数年、同社のメーンである加除式書籍の減少が続く。加除式は、法律改正や判例が変わるごとに改正部分だけを追録により購入し差し替えるスタイルの書籍。各省庁、自治体には必要不可欠の書籍で、大型の法例集などロングラン・セールスを続けるものが多い。
 減少の最大要因は、省庁再編や市町村合併など、行政改革による役所自体の減少。「約3300あった市町村が合併特例法により、現時点で該当市町村は2000を切った。総務省は千程度にしたいと考えているようですが。つまり、我々の顧客ユーザーが3分の1に減ってしまうということ」と星沢社長は嘆く。
 さらに省庁・自治体の予算削減の流れが追い打ちをかける。「企業間の受注競争が激しさを増しています。仕事が欲しいばかりに赤字覚悟の価格競争に陥り、自分で自分の首を絞める悪循環も出てきている」。同社の強みである受託本による収益確保も厳しい状況だ。


消防行政ニーズの高まりに応え、自主本の開拓に力を入れる

長野市 市制施行100周年記念事業の一環として発行された長野市誌
長野市 市制施行100周年記念事業の一環として発行された長野市誌
 そのため同社が力を入れているのが、自主本の開拓。顧客の職場でどのような情報や知識が求められているのかを的確につかみ、独自に企画・編集した書籍を売り込んでいく戦略だ。
 88年には4人だった企画開発担当の社員を現在、41人まで増員。中央省庁などの取材窓口である東京本社にすべて配置し、長野本社編集部と密接に連携して本づくりを行っている。より顧客志向に立った商品開発のため、企画開発分野は今後も充実していくつもりだ。
 その一方で、当時80人の営業社員は半減した。一見、営業力の弱体化も懸念されるところだが、さにあらず。星沢社長は「実は、私はつくるのと同じかそれ以上に大事だと思っているのが営業。営業社員を減らしたのは、加除式の衰退も考慮しつつ、さらに効率的な営業方法を追求してきた結果」と話す。
 「安全」「安心」「福祉」「環境」「教育」のキーワードでくくられる同社の出版分野のなかで、最近伸びているのが「安全・安心」分野。特に、かつての「消火」中心から「救急・救命」重視へとシフトしている消防行政からのニーズが高まっている。
 例えば救急救命士は、医師の領域まで踏みこんだ救命活動も可能になってきている。同社ではそのような動向をとらえ、医学的分野まで俯瞰した雑誌『プレホスピタルケア』を発刊。救急救命士に役立つ幅広い情報の提供を行い、スキルアップを支援している。


新しい在庫管理および受発注システムを導入、稼働

流通センター/信越営業所
流通センター/信越営業所
 「打率三割」。総合出版社は出した本の三割が売れれば経営が成り立つというのが業界の常識だ。しかし「本が売れない」昨今、いつのまにか抱えた膨大な在庫が出版社の経営を圧迫し、倒産につながるケースも少なくない。在庫管理は最重要課題のひとつだ。
 同社は95年、長野市大豆島に総工費4億円超をかけ、コンピュータによる入出庫・在庫管理が行える最新鋭の自動倉庫を備えた新流通センターを建設した。星沢社長が社長就任時に「まずやるべきこと」と考えた設備投資だったという。「それまで倉庫内の商品在庫は担当社員の手作業で、上段の棚に置かれた本などは、その他の本の山をかき分けてやっと取り出すといった具合。それをもっと何とかしようと」。
 そして今年8月。約1年かけて構築した新しい在庫管理および受発注システムを稼働させた。営業社員全員がノートパソコンを持ち、客先で流通センターの在庫状況をリアルタイムに把握。受注情報を入力すると即座に商品の発送が指示され、顧客にタイムリーに届けるシステムだ。また、ノートパソコンは今後ますます増えると予想されるCD-ROM商品の客先でのデモンストレーションにも使う。このような受発注システムを導入している出版社は全国でも非常に珍しいという。
 「当社が今まで順調にきたのは、限られた市場の中である程度販売部数が読めたことも大きい。しかし今後、購読者層がつかめないものが増えると、総合出版社と同様”当たりハズレ“が出てきます。それだけに確実に収益を確保するためには、いかに在庫精度を上げ、適切な生産計画を行うかが重要。デッドストックや不良在庫を極力なくし、身軽な経営を第一に考えています」


製販一体体制の構築に荒療治。連携し合う企業風土根づく

 「私は78年に入社したのですが、驚いたのは当時、本をつくる人と売る人が乖離していたこと。我々のような直販出版社は製販一体が基本。営業マンは企画立案の最前線にいて、お客様が求めるものは何かを編集者に伝え、それをもとに本づくりをしていかなければいけないのですが」
 そこで星沢社長は89年常務のときに、警察関係、消防を含む各省庁関係、教育関係の商品分野による三事業部制を導入する荒療治を行った。それまで編集、営業、総務と分かれていた組織を、それぞれの事業部内で企画から編集、営業、販売まですべてを行うことにしたのである。
 その結果、編集と営業がひとつの目標に向かって協力し合う風土が醸成。さらに各分野でより高度な専門知識を持ったスペシャリストが育つなど、人材もレベルアップ。業績も伸びた。
 5、6年後、「製販一体」の考え方が社内に浸透したのをみて事業部制を解き、再び企画、編集、営業、総務の4つの部門制に戻した。「各事業部が全国区の仕事をしているため、その体制では手が回らなくなってしまった。その一方で、自分の専門分野しか知らない社員が出てきてしまうことも懸念しました。300人足らずの会社。それではやっていけない。しかし、これで社員の意識転換を図り、よりスケールの大きい社員、組織を育成することができました」。
 現在、仕事によってはプロジェクトチームや委員会を臨機応変に立ち上げて取り組む。所属部署を超え、社員同士が密接に連携し合う企業風土はすっかり根づいている。


自律する社員を育てる。成果重視の人材評価

 出版社の仕事は本づくりだが、生産機械のような特別な設備を持つわけではない。会社の財産はひとえに人材だ。人材を適材適所に配置し、その能力を120%発揮させることが業績に直結する。星沢社長は「社員の報酬は成果の配分。社員には、儲かったらそれだけの報酬は出すと言っている」。そのためにも決算書を労働組合に提示するなど、つねに透明性の高い経営を心がける。「労使の信頼関係はそこから生まれてくるのかなと思っています」。
 「私がつねに社員に言っているのは、自主的にものを考え自律しなさいということ。〈考動〉です。社員がオフィスで新聞を広げていても、業務と関係ないものを観ていても、それをとがめることはあまりない。それが新しい企画の立案に必要なプロセスかもしれないからです。また仕事を時間で縛ることもしません。成果が重要でプロセスは問わないというのが基本的な考え方。あくまで社員の自主性に任せています。それが人材を育てるということかなとも。もっとも、労務管理はまた別の問題。そのかね合いが難しいところなのですが」
 自由闊達な社風を大切にする。社長室のドアは誰でも気軽に来れるよう、つねに開け放し。「社員にはよく、困ったことがあったらいつでも来なさい、と言っているんです。なかなか来てくれませんが(笑)」。
長野本社 東京本社
長野本社 東京本社



プロフィール
星沢 哲也さん
代表取締役社長
星沢 哲也
(ほしざわてつや)
中央会に期待すること

中小企業施策についての提言
中小企業施策に対する広報活動と組合員の要望のフィードバックを行うことで、会員の参加をいかに図っていくか。それが今の中央会に求められていることだと思います。みんなのいろいろなアイデアを具現化していく力になってほしい。中央会副会長としては、会員みんなが中央会に入っていてよかったと言えるようなサービスを享受できるようお役に立ちたいと思っています。

経歴 1941年(昭和16年)4月4日 長野市生まれ
1965年3月 中央大学経済学部卒業
1965年4月   (株)大倉洋紙店入社
1978年4月   東京法令出版(株)入社
1980年5月   取締役営業部長に就任
1990年5月   専務取締役に就任
1994年5月   代表取締役社長に就任
公職   長野県中小企業団体中央会副会長、長野県中小企業労働問題協議会会長、長野県社会保険協会会長ほか多数
趣味   旅行(温泉)、柔道。柔道は4段の腕前。現在、長野県実業団柔道連盟会長を務め、長野県柔道の振興・支援に尽力している。
家族構成  

企業ガイド
東京法令出版株式会社
本社 〒380-8688 長野県長野市南千歳町1005
TEL.026-224-5441(代) FAX.026-224-5449
創 業   昭和23年2月27日
資本金   6,480万円
事業内容   各種加除式法規書、各種単行本並びに雑誌の出版・印刷及び販売、小・中・高等学校の教授資料並びに生徒用学習参考書の出版及び販売、コンピュータシステムの企画・開発・販売並びにリース
事業所   長野本社、東京本社、大阪支社 北海道営業所(札幌)、東北営業所(仙台)、信越営業所(長野)、東海営業所(名古屋)、関西営業所(大阪)、中国営業所(広島)、四国営業所(高松)、九州営業所(福岡)流通センター(長野)
関連会社   (株)学友社
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