MENU

 月刊中小企業レポート
> 月刊中小企業レポート

月刊中小企業レポート
更新日:2006/03/30

特集2 新技術への挑戦
企業からみた産学官連携 塚田理研工業(株)

いま新たな段階を迎えつつある産学官連携。

 地域の大学等の研究機関と自治体、地域企業が連携し、研究開発、事業化支援を進める「知的クラスター創生事業」。文部科学省が平成14年度からスタートさせた産学官連携事業だ(その詳細については、本誌平成14年11月号No.312を参照)。
 現在、「長野・上田地域知的クラスター」を含む、全国18の地域クラスターがそれぞれ年間5億円の補助金を受け、新たな産業集積をめざした取り組みを行っている。
 「長野・上田地域知的クラスター」は平成14年度の指定から今年で3年目を迎え、いま新たな段階を迎えつつある。

 長野・上田地域知的クラスターでは、信州大学工学部と繊維学部が持つ新素材創製応用技術と、県内産業が持つ超精密・微細加工技術との融合をめざした産学官共同研究を推進。超高機能デバイスを開発し、長期にわたり世界的に優位を保てる産業集積の形成をめざしている。
 工学部の遠藤守信教授を研究リーダーとする「ナノカーボンコンポジットによるスマート機能デバイスの研究」では、企業15社、山形大学工学部、長野工業高等専門学校、長野県工業試験場・精密工業試験場・情報技術試験場が共同で研究に取り組む。
 一方、繊維学部の谷口彬雄教授を研究リーダーとする「機能性ナノ高分子材料によるスマート情報デバイスの研究」では、有機LED素子、有機半導体レーザの2つがテーマ。両者で企業10社、(財)産業創造研究所、県工業試験場と精密工業試験場が共同で取り組んでいる。
 指定から3年目。当初の研究スケジュールでは、デバイス具現化のための基本技術の研究を終え、来年度からは商品化を前提とした応用研究へと進む段階だ。もっとも、すでに成果が現れている研究もある。平成16年2月現在、実用化研究の成果は以下の通り。

〈機能デバイス〉
特許出願件数17件(準備中17件)


ナノカーボンファイバー複合電解粉製造技術開発 共同研究機関:信州大学、シナノケンシ(株)、長野県工業試験場
高精密ガラスレンズ成形技術開発 同:信州大学、チノンテック(株)
無電解メッキ法によるVGCF-Ni複合粉体作製技術開発 同:信州大学、塚田理研工業(株)
大学発ベンチャー企業・MEFS(メフエス)(株)を設立

〈情報デバイス〉
特許出願件数19件(準備中8件)

ナノ機械加工技術を用いた有機薄膜レーザ共振器開発 同:信州大学、(株)三協精機製作所、長野県精密工業試験場
大学発ベンチャー企業・(株)感性デバイシーズを設立

 本特集では、実用化研究の成果のひとつである「無電解メッキ法によるVGCF-Ni複合粉体作製技術開発」を信州大学工学部と共同研究した塚田理研工業(株)にスポット。産学官共同研究をはじめ、独自の技術開発に挑戦する同社の取り組みについて、下島康保代表取締役社長に聞いた。

多様なめっき技術の開発で、同業他社との差別化をめざす

 「ある産学交流会で、遠藤守信教授とお会いしたのがきっかけでした。さまざまな物質にめっきが可能だという当社の技術についてお話したところ、先生が見いだしたVGCF(遠藤ファイバー)のめっき技術の共同開発へと話が進んだのです」。
 塚田理研工業が長野・上田地域知的クラスター創成事業による信大工学部との共同研究に取り組むようになったいきさつを、下島康保代表取締役社長はそう話す。
 共同研究のテーマである「無電解めっき法によるVGCF-Ni複合粉体作製技術開発」とは一体、どんな物か。
 まず無電解めっきでVGCF表面にニッケル粒子を析出し、VGCF-Ni複合体をつくる。これを樹脂に練りこむと、電磁波シールド性と高剛性を持ち、表面が滑らかな高機能のナノ複合材が得られる。携帯電話、ノートパソコンなど、特に高い剛性が要求される筐体の素材には最適な素材だ。さらに今後、燃料電池やリチウム電池など、めっきする物の機能を生かしたさまざまな用途に展開できると期待されている。
 今回の開発が成功した技術的裏付けは、同社の無電解めっき技術にある。これは電気を使わず、金属塩と還元剤が存在する溶液から化学反応によって樹脂表面を金属化し、めっきを行う技術。プラスチックのめっきには欠かせない技術であり、まさにお手のもの。同社ではABS樹脂成形品に無電解ニッケルめっきを行い、さらにストライク、硫酸銅、半光沢ニッケル、光沢ニッケル、クロムの電解めっきを行う工程を全自動化したシステムも構築している。
 近年、無電解めっきの機能性への認識は急速に高まっている。
 同社でも、ハイブリッドカーから発生する電磁波が原因のノイズを抑えるコルゲートチューブなど、電磁波シールドを目的としためっきが増加。「装飾のためのめっきから、電磁波シールド性といった機能を付加するめっきに比重が移っている」(下島社長)。特に硬度、耐摩耗性などの機械的特性や電気的・磁気的特性にすぐれる無電解ニッケルめっきは、自動車産業や電子機器・半導体産業において重要な技術とされ、用途開発も進んでいる。
 さらに同社では平成16年度「中小企業創造活動促進法」の認定を受け、「ダイレクトめっきプロセス」の研究にも取り組んでいる。
 従来、無電解めっきのプロセスは、基材の脱脂、エッチング、中和、触媒化から無電解めっきを経て、ストライクめっき、硫酸銅めっきを行っていた。ダイレクトめっきは、このプロセスから無電解めっきの工程を省き、触媒化からダイレクトに導体化し、硫酸銅めっきを行う。
 この技術のメリットは、めっき表面をより滑らかに加工することができること。工程を減らすことによって、不良の発生率も抑制できる。
 従来の方法と比べ、コスト的にはあまり変わらない。しかし、めっき処理工程のスピードアップと不良の減少で、結果的にコストダウンにつながる。下島社長は「多様なめっき技術の開発で同業他社との差別化を図ることができる」と期待している。

「製造業は創造業」。非常識を常識にする挑戦

上 TP10-CR(光沢)下 EMIシールドめっき
上 TP10-CR(光沢)
下 EMIシールドめっき
 同社の設立は昭和38年。業界に先駆けてプラスチック専門のめっき工場としてのスタートだった。
 当時、めっきは金属にするものというのが常識。「あいつはおかしいんじゃないか。会社もじきにつぶれる、と同業者に呆れられたものです」と下島社長はふり返る。「でも、そう言われると逆にファイトがわいてくるんですよ(笑)」。
 ”非常識“にあえて挑戦したのは、「プラスチックにもめっきができる」という、同社のルーツである「塚田理化学研究所」創業者の化学的な理論に興味を持ったことにある。「これからは普通のことをやっていてはだめだ、独創的なことを手がけなければいけない、と考えていました。その時以来、私は『製造業は創造業である』と言い続けているんです」。
 もっとも、ビーカーの中でめっきができるということと、量産化してビジネスにするということは、まったく別物。当初は失敗続きで、相当な苦労を強いられたという。
 そして昭和41年、ついにバレルによるプラスチックめっきの量産化に成功。ボタンをはじめとするプラスチックの小物製品の金めっきが大評判となり大ヒット、全国の婦人用ボタンメーカーからも注文が殺到したという。それが同社のベースとなり、以来、樹脂めっきに特化した技術開発を行っている。
 プラスチックのめっきは近年、自動車、AV、カメラ、パソコンをはじめとするIT関連機器、家電など、あらゆる製品分野で需要が急速に高まっている。同社でも各種プラスチック、エンジニアリングプラスチック、ナイロンなどさまざまな素材に対応し、めっきの種類も多彩だ。「プラスチックは軽くて、製造コストが安く、サビに強い。とてもメリットが大きい素材だからです。知的クラスターの共同研究もこの技術を応用したものです」。
 現在、同社の顧客は全国250社を超える。その技術力と製品の精度の高さは高く評価され、それぞれの分野を代表するメーカーの製品になくてはならない技術となっている。
 「私の仕事は、非常識を常識にすること。今の非常識は10年後には必ず常識になっている。だから経営者としてつねに先を読み、10年先の常識に挑戦し続けるということです」と下島社長は力を込める。

業界に先駆けて、全自動めっきラインを構築

バレルめっき自動ライン プラスチックめっき自動ライン 塗装ロボット
バレルめっき自動ライン プラスチックめっき自動ライン 塗装ロボット

蛍光X線膜厚計 走査型電子顕微鏡 測定顕微鏡
蛍光X線膜厚計 走査型電子顕微鏡 測定顕微鏡

 同社では現在、3つのブロックを連結した総延長110メートルの全自動めっきラインが24時間稼働する。カメラ部品、自動車部品など、めっきする品物が変わったり、緊急の受注が生じても、コンピュータ制御により臨機応変に対応できるラインだ。
 昭和43年に金型から成形、めっき塗装までの一貫生産体制を確立するなど、同社は生産体制の合理化にもいち早く取り組んできた。
 コンピュータ制御による全自動ラインを構築したのは、昭和48年のこと。これも当時としては”非常識“だった。「めっき屋がコンピュータ制御にしてどうする、と奇異な目で見られたものです」。
 ここでも産みの苦しみを味わう。トラブルが続き、ラインが半年動かなかったのである。「工場長(当時)のおもちゃ、といわれていました(笑)。しかし将来、絶対にこういう時代が来るからと頑張った」。
 平成15年には1億5千万円をかけて工場を増設。今年はさらに設備投資を行い、5月から「おそらく世界で最も進んだ機械」(下島社長)という最新鋭の新しいラインが稼働を始めた。
 一方、ハイレベルなめっき精度の維持・向上を図るため、電子顕微鏡、マイクロスコープなど最新鋭の各種検査装置を導入。毎日、詳細に分析データをとり、社内で公開している。また顧客の求めに応じて解析データを電子メールで送るなど、情報公開も積極的に行っている。

すみずみにまで浸透する「自然環境との共生」

イオン交換装置(水リサイクル装置)
イオン交換装置(水リサイクル装置)
 めっき工場につきまとう、環境汚染におよぼす影響を最大限に食い止めるための取り組みも、他に先駆けて行ってきた。
 独自に開発したイオン交換式総合排水処理装置を導入したのは、昭和46年のこと。当時はまだ、シアンを酸化させて中和し、河川に流すのが一般的だった頃である。「排水を流さない」という考え方でつくられたこの装置は、今では当たり前だが、その発想の新しさから当初は「保健所は公害設備と認めなかった」(下島社長)という。同社では今、100%の循環率をめざして技術開発を行っている。
 一方、プラスチックめっき部品のリサイクル化と、めっきに使用される金属資源の回収事業にも力を入れている。
 自動車、カメラなどのプラスチックめっき部品やプリント配線板等の廃棄物を回収し、樹脂と金、パラジューム、ニッケル、銅などをはく離する技術を確立。樹脂部分は原材料ペレット化し、金属部分はスラッチにして精錬所で再抽出して、再利用する。残りかすはセメント工場で使われ、捨てられるものはゼロである。
 自動車リサイクル法が本格的に動き出すなど、今後、資源再生へのニーズはますます高まる。同社では近い将来、月間100トンの処理規模をめざすという。
 同社では最近、本社工場に隣接する広大な土地を買収した。それは業務拡張のためではない。周辺環境に配慮し、その土地を広葉樹の雑木林にするためだ。いち早く環境に配慮した設備投資を行い、資源リサイクルに積極的に取り組む同社にとって、「自然環境との共生」は最も重要な企業テーマのひとつ。その姿勢は、企業活動のすみずみにまで浸透している。

めっき技術に特化し、用途開発に積極的に取り組む

敷地内から工場棟を望む(左側事務所棟)
敷地内から工場棟を望む
(左側事務所棟)
 厳しい競争のなか、生き残りをかけて血のにじむ努力を続ける中小企業。
 そんな中小企業の頑張りに対する国の支援策は果たして万全か。「政府は企業の技術力をみて資金を出せといいながら、実は政府系金融機関が一番、従来の担保力にこだわっているように感じる。中小企業いじめの相続税など税制面や、公正取引委員会の姿勢、その他制度にも疑問を感じます」と下島社長は不満をぶつける。
 「わが社の歴史は、失敗の繰り返しの歴史」(下島社長)。それでも目的に向かって諦めず、とにかく挑戦し続けてきたという自負がある。
 「新分野・新技術への挑戦」―同社が平成16年の目標に掲げる標語だ。もっともそれは、同社永遠のテーマでもある。
 「とにかく大切なのは、お客様をたずね、いろいろな会合に出るなど、つねにアンテナを高くして情報収集すること。大学の先生の話を聞くのもそのひとつです。難しい話をしていても、そこから何かつかめないかと思う好奇心が新しい技術開発につながるんです。中小企業が生きる道は技術しかない。当社はめっき技術に特化し、その用途開発に積極的に取り組んでいこうと考えている。ナノカーボンへのめっき技術の開発もそのひとつです」と下島社長は力を込めた。
このページの上へ