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月刊中小企業レポート
更新日:2006/03/30

特集1 地域おこしと経済活性化
―「エコール・ド・まつしろ」「諏訪大社御柱祭」の誘客策から―

 美しく豊かな自然と文化、三大都市圏から近いという恵まれた立地により、多くの観光客を集めてきた長野県。しかしここ数年、観光客数や観光消費額が減少傾向にあり、特にスキー場利用者はピークだった92年度の約半分の水準にまで落ち込んでいる。
 そんな状況の中、長野県内のさまざまな地域で、埋もれている地域資源を掘り起こし、特産品の開発や観光振興につなげようという「地域おこし」への取り組みも目立つ。
 例えば、真田十万石の城下町として発展した歴史を持つ、長野市松代町。町内に点在する歴史的文化遺産を趣味や生涯学習の舞台とし、全国から趣味や生涯学習の遊学客を誘致しようと「エコール・ド・まつしろ」をこの4月にスタートした。
 一方、今年は7年ごとに行われる「諏訪大社御柱祭」の年。長野オリンピックで世界的に紹介されるなど、史上最高の人出を集めた前回を上まわる見物客でにぎわった。
 本特集では、地域おこしと経済活性化という観点から、それぞれの取り組みを紹介する。

■エコール・ド・まつしろ
歴史と文化が育んだ文化財が舞台。学んで遊ぶ大人の学校「エコール・ド・まつしろ」。


イベントの皮切りは松代城復元春まつり

松代城へ訪れる観光客
松代城へ訪れる観光客
 「観光地としての松代ブランドを定着させ、全国から多くの人に訪れてほしい」。4月17日(土)に開幕した「エコール・ド・まつしろ」のオープニングセレモニーで、真田家の家紋「六文銭」を染め抜いた裃姿の鷲沢正一長野市長はこう挨拶した。
 「エコール・ド・まつしろ」は、長野市松代町の松代城復元に合わせ、1年間にわたって行われる生涯学習をテーマにした誘客イベント。歴史の町・松代の貴重な文化財を趣味や生涯学習の舞台として利用し、全国の同好の士と交流していこうという市民が主役の町おこし文化活動だ。
 1年間のイベントの皮切りは、松代城本丸と二の丸を中心に行われた「松代城復元春まつり」(4月17日~25日の土・日と5月1日~5日)。16日には前夜祭として、地元松代出身の人気アコーディオン奏者cobaのコンサートも開かれた。
 期間中、会場内には飲食、物産、観光案内などのブースが出展。特設ステージでは、大門踊、真田勝鬨太鼓、石見神楽の大蛇の舞い、御諏訪太鼓、御陣乗太鼓など県内外の伝統芸能や太鼓グループの演奏、喜多郎(シンセサイザー奏者)と小口大八(太鼓奏者)のジョイントライブ、松代文化芸術協議会、松代芸能協議会、松代音楽協会の各メンバーらによる演奏が披露された。またテレビ東京「開運!なんでも鑑定団」の公開収録や、SBCラジオ、FM長野の公開生放送も行われ、多くの観光客らでにぎわった。

松代藩真田十万石の城下町。真田家ゆかりの史跡が点在

 長野市松代町は、武田信玄と上杉謙信が戦った川中島古戦場の千曲川対岸にある山あいの町。松代藩真田十万石の城下町として、真田家ゆかりの寺社や武家屋敷などの貴重な文化財が点在し、その歴史を今に伝えている。
 町のシンボルともいえる松代城は戦国時代、武田信玄が上杉謙信の侵入に備え、北信濃攻略の前線基地として築城。その後、めまぐるしく城主が交代したが、元和8年(1622年)真田信之が上田から松代に移封され、真田十万石の居城に。それ以降、明治維新を経て、明治五年に廃城となるまでの250年間、真田家十代が支配し、松代は城下町として大いに栄えた。松代城は古式な石塁のある、時代にさきがけた平城の遺跡として、昭和56年4月、国の史跡に指定された。
 この時、松代城と一体として国の史跡に指定されたのが「旧真田邸(新御殿)」。九代藩主真田幸教が文久4年(1864年)、江戸住まいだった義母・お貞の方の隠居所として建てた建物だ。その後、幸教自身も隠居所としてここに住み、明治維新以後は真田家の私邸として使われていた。
旧真田邸
旧真田邸
 2416坪の敷地に、御居間・御寝所・御持仏の間・御化粧の間・表座敷など大小53の部屋。質素だが細部まで配慮がうかがえるつくりは、創建時の面影をよく残しているといわれる。幸教が「水心秋月亭」と名づけ、京都の竹屋中納言の庭を模したという庭園も見事。隣にある「真田宝物館」には、真田家の大名道具など貴重な宝物約五万点が収蔵されている。
 そのすぐ近くにあるのが、安政2年(1855年)に開校した藩士の子弟の教育機関「旧松代藩文武学校」。漢学を学ぶ文学所、御役所、西洋砲術をなど軍学を学ぶ東序と漢方および西洋の医学を学ぶ西序の2校舎、剣術所、柔術所、弓術所、槍術所、文庫蔵などからなり、創建当時の遺構をそのまま残している。昭和28年に国の史蹟に指定された。

苛酷な戦争の歴史を伝える象山地下壕

象山地下壕
象山地下壕
 町内には、城下町として栄えた当時の様子をしのばせる町並みも残る。特に代官町、馬場町、表柴町は町並み保存地区に指定され、保存・再現が図られている。この三町には、中級武士の代表的な屋敷構えをそのままに残す「旧横田家住宅」(国の重要文化財)をはじめ、昔ながらの門構えの家が多く見られる。
 寺が多いのも城下町ならでは。真田家の菩提寺である「長国寺」をはじめ、長い歴史を持つ名刹も数多い。
 長国寺(曹洞宗)は真田家初代幸隆が上田城主だった頃に開山し、初代藩主真田信之が松代に移封されるにあたって現在地に移ったもの。唯一創建当時から残る信之霊屋は重要文化財に指定されている。
 また「大英寺」は信之開基の浄土宗の寺で、正室小松姫(大蓮院)をまつる。本堂はもともと小松姫の霊廟として建立されたもので、天井の龍の墨絵、外陣の極彩色の組み物など、非常に豪華なつくりとなっている。
 一方、苛酷な戦争の歴史を伝える「象山地下壕」も、松代の貴重な歴史的遺産。第二次世界大戦末期、軍部が本土決戦の最後の拠点とするため、松代に大本営・政府機関等を移す計画を極秘裡に進め、象山、舞鶴山、皆神山の町内3カ所の山に地下壕が掘られた。現在、象山地下壕の入口から約500メートルが無料で一般公開され、年間一万人以上の見学者が訪れている。

今なお尊敬を集める、幕末の先覚者、佐久間象山

佐久間象山
佐久間象山
 松代は、日本の歴史を彩ってきた重要人物も数多く輩出している。
 藩政改革に心血を注いだ恩田杢民親、山寺常山などもよく知られるが、筆頭格といえば、NHKの大河ドラマ「新撰組!」にも登場した幕末の先覚者、佐久間象山(1811-1864)だろう。
 象山は松代の蘭学者、佐久間神渓の長男として生まれた。八代藩主真田幸貫の援助を得て、22歳で江戸に遊学。その後、幕府の老中となった幸貫の海防顧問に就くとともに、ショメール百科全書など多くの蘭書によって蘭学の勉強も開始。ほとんど独学で科学、医学、砲術、兵法等の新知識を習得し、電信実験や大砲実演などを行った。町内には今も、電信実験を行った鐘楼が「日本電信発祥の地」として残る。
 41歳で三たび江戸に赴き、私塾を開設。数多くの門人の中には、吉田松陰、勝海舟なども含まれていた。嘉永六年(1853年)黒船来航の際には即座に現地を視察し、九代藩主幸教に江戸警護を松代藩が進んで受け持つよう進言。翌年再び黒船が来航すると、幸教は江戸詰家老を総督に、象山を軍議役に任命して出兵させた。
 ところが、門人の吉田松陰が黒船で海外渡航を企てたことが発覚。扇動した罪でとらえられ、その後9年間にわたった松代に蟄居を命ぜられた。そして晴れて自由の身になった翌年、将軍家茂からの招へいで上京。開国を論じたが、攘夷論者によって暗殺された。
 その後(昭和13年)、象山生誕地に象山神社が造営され、知恵の神、学問の神として入学・合格祈願の参拝者を集めるようになった。境内には松代蟄居の折、高杉晋作らが訪れたという「高義亭」などがある。

演劇、音楽と、日本文化に功績残す人材も

演劇碑
演劇碑
 一方、文化面で大きな功績を残した人物も。「カチューシャの唄」で一世を風靡した日本初の新劇女優、松井須磨子(1886-1919)である。
 須磨子は現在の松代町清野に小林藤太の五女正子として生まれ、17歳で上京。その後、坪内逍遥率いる文芸協会に第一期生として入り、明治44年(1911年)に初舞台であるシェークスピア「ハムレット」でオフェーリアを熱演。イプセン「人形の家」の主役ノラでも高く評価され、師である演出家の島村抱月に導かれ天才ぶりを発揮した。
 やがて須磨子と抱月は芸術座を創立。翌3年(1914年)に公演したトルストイ「復活」で、カチューシャの演技と中山晋平作曲の劇中歌「カチューシャの唄」が大ヒット。須磨子の名声は日本中に響き渡った。
 しかし大正7年(1918)11月、悪性のカゼにより抱月が急逝。芸に生きた須磨子は抱月との恋を貫き通し、その2カ月後に後を追う。満32歳だった。
長国寺
長国寺
 松代町の生家近くにある墓所には須磨子の墓とともに、「カチューシャの唄」を記した演劇碑が建つ。今もなお、須磨子を慕い数多くの人が訪れる。
 ふるさとを歌った童謡「夕焼け小焼け」の作曲者、草川信(1893-1948)も両親ともに松代出身で、長野市生まれ。長野中学を卒業後、大正3年に東京音楽学校に入学。卒業後、オーケストラのバイオリン奏者、教育者として活躍する一方、「赤い鳥」童謡運動の鈴木三重吉と知り合い、童謡創作を手がける。
 その作品は「月待草」「ゆりかごの歌」「春の唄」「汽車ポッポ」「みどりのそよ風」など多数。後に、やはり松代出身で16歳年下の作曲家、海沼実(1909-1971)が主宰する「音羽ゆりかご会」の会長として童謡の普及に努めた。
 海沼実もまた「みかんの花咲く丘」「お猿のかごや」「里の秋」「蛙の笛」など、今日まで歌い続けられている童謡の名曲の作曲者。童謡歌手、川田正子・孝子姉妹を育てたことでも知られる。
 松代町内をはじめ長野市内には、草川信と海沼実の歌碑がいくつも点在、その功績を称えている。

生涯学習交流を図り、「交流リゾート地」をめざす

旧横田家
旧横田家
 「エコール・ド・まつしろ」はこのような、これまで閉じて保存してきた武家屋敷、神社仏閣などの貴重な歴史的文化財を、生涯学習や趣味のための舞台として積極的に開放、活用。「大人の合宿旅行」の目的地として、全国の同好の士を松代に呼び寄せ、リピーターを増やし、生涯学習交流を図っていく「交流リゾート地」をめざしていこうというのが最大の目的だ。
 「エコール」とはフランス語で「学校」という意味。松代全体を趣味や生涯学習を楽しむ学校、遊んで学ぶ大人の学校にしようという願いを込めた。
 具体的には、旧真田邸(新御殿)の庭園で四季の園遊会、旧横田家住宅で句会、茶会、生け花の会を催したり、旧松代藩文武学校で剣道、弓道などの大会や講演会、展示会などを開く。また寺社の佇まいや、泉水路が流れる古い町並みなどを、俳句、絵画、写真の題材として活用していく。
「エコール・ド・まつしろ」の暖簾
「エコール・ド・まつしろ」の暖簾
 開催の経緯について、長野市観光課松代分室の樋口さんはこう話す。「平成7年より修復・整備が進められてきた、松代城復元工事が今年3月に完成。これを契機に、地元松代町の住民が中心となり、松代の歴史的観光資源を活用した観光プランを策定しました。松代に残る数多くの歴史的文化財を活用し、市民参画により全国の人々と生涯学習を通した交流の輪を広げることが目標です」。
 昨年春、キャンペーン告知ポスター、パンフレット等を作成するとともに、広報紙「でんしん」やホームページなどによるPR活動も積極的に展開。10月1日からは、松代町内の商店、公共施設などに「エコール・ド・まつしろ」のシンボルマークを染め抜いた暖簾を一斉に飾り、PRとともに町内の意識盛り上げも図ってきた。また松代を訪れる人びとを歓迎するおもてなし活動の一環として、町の美化運動も行ってきた。
 ちなみにシンボルマークの欧文で書かれた「エコール・ド・まつしろ」のロゴは、佐久間象山の筆跡。さまざまな文献の中から一字一字拾い上げ、デザイン化したものだという。

活動の中心を担う、エコール・ド・まつしろ倶楽部

「エコール・ド・まつしろ」倶楽部大会
「エコール・ド・まつしろ」倶楽部大会
 「エコール・ド・まつしろ」の活動の中心を担うのが、趣味や生涯学習を嗜む地域住民が中心となってつくった「エコール・ド・まつしろ倶楽部」(入会金千円で誰でも参加できる)。
 松代町は今も、郷土史研究や伝統芸能の他、芸術、音楽などの文化活動が非常に盛ん。町内の各団体が集まって、松代文化芸術協議会、松代芸能協会、松代音楽協会が組織され、それぞれ活発に活動を行っている。
 松代文化芸術協議会と松代芸能協会には、真田勝鬨太鼓保存会、善光寺木遣り松代会、松代大門踊保存会、松代雅楽協会といった伝統芸能や、茶道、俳句、川柳、詩吟などの団体が参加。松代音楽協会には、松代マンドリン研究会、混声合唱団コーロソアーベ、松代邦楽合奏会などの他、ジャズのビッグバンド(MMF)も参加している。
第1回専科別打合わせの様子
第1回専科別打合わせの様子
 「エコール・ド・まつしろ倶楽部」の専科は、このような松代の文化的土壌を反映して、華道、茶道、邦楽、武術、日本舞踊、謡曲、詩吟・詩舞、太鼓、俳句、写真、絵画、工芸、陶芸、各種スポーツ、歴史探訪、郷土食、音楽、さらにはガーデニングやアグリサポートまで、まさに多種多彩。会員数は現在900名にのぼる。
 会員はそれぞれの専門分野で学習会等を企画運営したり、松代を訪れる人々の文化財活用の世話係、つまり文化ボランティアもつとめる。まさに住民が主役の町おこし文化活動だ。
 長野市観光課松代分室の樋口さんは「期待したいのは、町の活性化と全国的な知名度アップ。『見て、食べて、買う』という従来型の観光スタイルではなく、『生涯学習』をキーワードとする新しいかたちの旅を提案し、新しい旅行客層を開拓したい」と話している。


「エコール・ド・まつしろ」イベント

春学期
信州まつしろ松代城復元春まつり
<場所>松代城跡ほか
<日程>4月17・18・24・25日/5月1~5日
「川中島の戦い-いくさ・こころえ・祈り-」(第1期)
<場所>長野市立博物館、真田宝物館
<日程>4月29日~6月13日
花人・川瀬敏郎 まつしろ花会
<場所>旧松代藩文武学校
<日程>5月15日・16日
松代藩文武学校旗争奪中学校選抜剣道大会
<場所>旧松代藩文武学校、松代小学校、松代中学校
<日程>5月22・23日

夏・秋学期
信州まつしろ松代城復元夏まつり まつしろ薪能
<場所>松代城 二の丸跡
<日程>7月24日
祇園祭
<日程>7月17・18日
「川中島の戦い-いくさ・こころえ・祈り-」(第2期)
<場所>長野市立博物館、真田宝物館
<日程>7月25日~9月5日
松代文化財ギャラリー展
<場所>旧松代藩文武学校他
<日程>9月23日~26日
まつしろ遊学フェスタ(大文化祭)
<日程>10月2日~10月31日
信州まつしろ松代城復元秋まつり(真田まつり)
<場所>松代城跡周辺、松代町内
<日程>10月9・10日
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