信州の企業人−チャレンジャーたちの系譜−

“〜 「風を読み、流れをつかむ」。老舗の歴史にとらわれない、そのしなやかな経営手法。 〜”


大久保典昭さん
株式会社ヤマサ
代表取締役社長 大久保 典昭さん


 創業は明治3年という老舗である。初代大久保佐一郎氏より、株式会社ヤマサは食糧・燃料・建設をコアビジネスに地域社会に密着した事業展開をしてきた。その経営の特徴は、いつの時代にも消費者の声に敏感で機敏に対応してきたことにある。歴史の実績にとらわれずに消費者が求めることをいかに提供するかを130年以上にわたって追求してきたのが同社である。そして、4代目大久保典昭社長は、よりしなやかにエネルギッシュに、企業活動の開拓・改革・改善に取り組んでいる。

地域密着で130余年


 株式会社ヤマサの歴史は、明治3年、初代大久保佐一郎が東筑摩郡島内村(現松本市島内)で木材・米穀業を開業したことから始まる。明治時代から米穀移出業として、諏訪、伊那、木曽方面へ販売を行っていたほか、人造肥料を松本方面へ売りさばいた。米穀の販売先は民間に留まらず、松本歩兵第五十連隊にも納入した。また大正時代には、貨物自動車フォードを購入して、米穀、肥料、飼料の販売を県下各地に広げていった。
 昭和に入り、2代目佐一郎は先代が培った販路をさらに拡大する。太平洋戦争のため一時事業は休業に追い込まれたが、戦前戦中戦後の食糧難に穀類を広く提供することで会社の基盤を整えた。当時の農林省から契約製粉工場、主要食糧集荷指定業、指定倉庫、主要食料販売等の認可を受けるなどして、地域の食糧供給に貢献した。昭和25年には個人営業を株式会社組織として、株式会社大久保商店(屋号ヤマサ)が誕生する。
 27年には雑穀類の統制が解除され、長野県特産の大豆、トウモロコシ、ソバなどを集荷し、全国に移出するようになり、また。木炭を県下各地から集荷し、東京・大阪方面に移出するなど、手広い商売ができるようになった。
 4代目となる大久保典昭社長は、当時のスタンスは今も変わらないという。「当社の仕事は基本的には地場産業です。松本周辺の市民や県民へそのとき必要なものを提供する。信州の物産がほしい首都圏などのマーケットがあればこれに対応する。それがヤマサの歴史です」


時代を読む嗅覚を受け継いで

 いま時代が求めているものは何なのか。ヤマサの歴代の経営者は常にそう問い、需要に先行して事業を展開してきた。
 食糧については、醸造原料を製造するサクラミールを昭和34年に設立、翌年パン・菓子の製造を手がける和幸を設立し学校給食を始めた。44年には養鶏業のためのヤマサ畜産興業を設立した。
 日本経済が成長期に入ると、建設、エネルギー部門にも進出した。35年にヤマサセメント、36年にヤマサ石油、38年にヤマサ不動産、43年にヤマサ生コンと次々に新事業を立ち上げた。
 「戦後復興が始まると、食糧を必要としていた時代から一転し建設需要が生まれました。もともと材木を商っていたので、わたしたちはこれに対応できた。エネルギー分野についても、薪や炭を扱っていた時代があり、これが練炭や豆炭に変わり、石炭石油に変遷していった。まったくの新規参入ではなく、自然な流れのなかで経営しています」
 ヤマサグループの創業からの歩みを見ると、日本の現代史をそのまま見ているように、その折々の社会に同社が対応していることが分かる。経営者が時代を感じ取る嗅覚をもっているのだ。その遺伝子が確実に初代佐一郎から現在の大久保典昭社長まで受け継がれている。そして、4代目社長の大久保さんは次の時代の声に応えるべく、新たな試みに取り組んでいる。


弁当工場が小児クリニックに

 パンや豆腐の製造は、やはり時代の流れを読んで弁当の製造に変わっていった。コンビニエンスストアのローソンへの商品提供で売上を伸ばした。しかし、ダイエーがローソンを売却して、風向きが変わった。新しい経営者はグローバルスタンダードを謳い、弁当納入を大手食品メーカーに切り替えた。ヤマサはそのメーカーのOEMとなるか、弁当事業を廃業するかの選択を迫られた。
 大久保さんの決断に迷いはなかった。「グローバルスタンダードは一握りの超大手による過当競争。うちのスタンスはそこにはない」。潔く弁当業を廃業した。しかし、大久保社長の嗅覚と経営手腕は思いもかけない分野で発揮される。弁当工場の一画に夜の診療を専門とする小児科クリニックを招きいれた。夜中に病気や怪我で治療が必要な子どもを抱え、不安になる家族は多い。身近に夜診察してくれる小児科があれば、必ず成功する。大久保さんの読みは的中し、今年7月に開業したこの病院は、市民から多くの支持を集めている。
 弁当工場のほかのスペースは惣菜をつくる工場とした。「スーパーマーケットへ行ってもデパ地下並みのおいしい惣菜が売られる時代になりました。消費者は全国統一商品では飽きたらず、今スローフードを求めているのです。日本におけるスローフードの代表はなにか、各家庭で食べられていたおふくろの味、お惣菜です」。世間が押しなべてグローバル化へと進むなか、同一化した商品に対して消費者が魅力を感じなくなっている状況を敏感に察知し、同社は業態をすばやく切り替えた。「自分たちのお客様のニーズはどこにあるのか、それだけですよ」と大久保さんはいう。


健康福祉産業への挑戦

 「これからの時代は健康福祉産業がますます注目されるでしょう。弁当工場を再利用した小児科クリニックも、スローフードへの需要に応える惣菜づくりも、根っこには人と健康にテーマがあります。そしてヤマサは福祉分野にも進出しました」。大久保社長がいうのは、大久保社長が理事長を務める社会福祉法人ハーモニーが運営する介護老人保健施設「ハーモニー」のことだ。
 これまでの事業は、同社の歴史の流れのなかから培った、食糧・燃料・建設資材といったコアビジネスの強みを活かし、時代に対ししなやかな経営手腕で生み出してきたものだ。しかし、福祉分野については全く未知の世界、立ち上げに際し、一からマーケットリサーチを行い、専門家による講習を受け、社長自身が率先して福祉事業とその可能性を学んだ。そのなかで大久保さんは大きな手ごたえを感じた。「医療法人が経営する老健施設は数多くあります。開所する前にいくつも視察しましたが、経営にムダがあるわけです。医師はあくまで医師であって経営者ではない。人の活かし方、経営センスに乏しい医師が経営する老健施設がかなりあります」。これなら勝負になると大久保さんは確信した。
 「病院を経営することはできなくても、医療行為を伴わない介護施設なら我々でもできる。介護はなにも特別なものではありません。ご家庭でできる人はやっている。つまり日常生活の延長なのです。そこに一般企業の経営感覚を持ち込めば、お医者さんが経営する場合の半分のコストでできる。しかも、ローカルに徹してきた我々の強みも活かせる。苦労したのは、人材募集くらいで、極めて順調にいっています」。
 たしかに健康福祉産業は環境産業とともに注目されている。異分野の企業の参入も最近多く見られるようになった。そんななかにあって、ヤマサが経営する老健施設は、地域と長く深い関係を築いてきたからこそ成功した一例だろう。


オリジナル商品を通販で

 食の世界でも進んだグローバル化は、全国の家庭の食卓を味気ないものにした。大久保社長のいうように、スローフードへの支持の高まりは、消費者が全国一律の商品に飽き始めていることが背景にある。「消費者は今、旬を感じさせる商品で、もっとこだわりをもった、ときにノスタルジックなものを求めているのではないでしょうか」。ヤマサでは平成五年にオリジナルに開発製造した生そばのセット「そばぶるまい」の通信販売を始めた。安曇野の玄そばを挽き、職人が丁寧な包丁切りでひとつひとつ仕上げる。打ち立てのそばの風味を味わってもらうため、保存料など一切使用せず、すぐ消費者の手に届くように配慮した。商品は生そばのほかに、そばつゆ、穂高産生わさび、信州北アルプスの天然水をつけた本格的なものだ。信州を知る人、信州にあこがれる人が東京など都市圏に多い。これをターゲットにすれば、この事業も成功すると大久保さんは読んだ。
 しかし、当初売れ行きは芳しくなかった。「いきがって始めてみたものの、消費者に直接売る難しさを知りました」。そこで、郵便局、宅配便会社、ネット通販会社に販売チャンネルを求めた。狙いはここで奏功した。
 ヤマサのそば商品の特徴は地域の味にこだわった点にある。そばに野沢菜をつける、りんごをつける、おやきをつける、みそをつける、わさび漬けをつける、五平餅をつける。信州の味の代表であるそばに、さらに信州を感じさせるふるさとの味をセットする。大久保さんの狙いである「こだわりをもった、ノスタルジックを感じさせる商品である」。商品開発にあたっては、信州各地のそばを社員に食べ歩かせ、研究させた。数あるそばの名所のそばを提供する企画は大いに消費者にうけた。
 「ファッションと同じでアイデア勝負です。同じ商品でも企画ひとつで売れ行きが変わります」。消費者の購入意欲を刺激するつぼを捉えた、これらの商品は同社の事業分野のなかで大きく育ちつつある。


スピードと軽快さを重視

 「風を読み、流れをつかむ」経営は脈々と受け継がれているが、大久保典昭社長が代表取締役に就任して以来、事業の統合とグループ会社の整理が進んでいる。「前社長が広げてきた風呂敷を整理する必要に迫られました。グループ企業は現在4社ですが、いちばん多いときは10社ありました。いかにその時代に対応してきたといっても、バランスシート上マイナスの会社、不採算部門をそのままにしておくわけにはいきません。公共事業の縮小で売上が落ち込んだ建設関連部門は規模を縮小し、建設廃材リサイクル事業にシフトしていきます」。梓川建設を今年九月に、ヤマサフーズを来年2月に株式会社ヤマサに吸収し、松本生コンの事業はヤマサマテリアルに吸収して、最終的にはヤマサとヤマサマテリアルの2社にグループを整理する。
 ヤマサの経営方針のひとつに「開拓・改革・改善(3K)をスピードを上げて実行する」とある。過去の実績基準に甘えず、常に新たな次元に目標を設定するのが同社の特徴だ。これを、新規得意先の開拓から、商品・製品製造・技術・財務内容・利益効率などすべての面で実践している。不採算部門の整理についても、過去の実績にとらわれず判断がスピーディーだ。新規開拓もしなやかに、合理化もしなやかに、これが大久保典昭社長率いる現在のヤマサのスタンスである。老舗企業がとらわれがちな硬直性とは無縁な、同社のスピードと軽快さは、実は伝統を信頼として提供する老舗企業だからこそ、求められる要素なのかもしれない。
 これから同社は、環境・リサイクル・高齢化社会対応をテーマにして、地域に密着し、より柔軟な企業として歩もうとしている。



プロフィール
大久保典昭さん
代表取締役
大久保典昭
(おおくぼのりあき)
中央会に期待すること

株式会社ヤマサ 中央会さんは全国にネットワークをもっている。今、多くの中小企業が日々の経営や後継者問題に悩みを抱えるなか、このネットワークを活かして、全国の成功事例をピックアップして紹介してほしい。また新しいビジネスやサービスを展開するためには、様々な分野で規制緩和が必要だ。中小企業の要望を取り入れて、起業に意欲的な人、新しい分野を開こうとする人に夢をもたせてほしい。

経歴 昭和22年1月松本市生まれ。明治3年に創業した同社の4代目として平成4年代表取締役社長に就任、現在にいたる。
趣味 学生時代山岳部だったが、宿泊を伴う山行きの時間がとれなくなった。もうひとつの趣味、釣りが高じて、海の中を覗きたくなりダイビングをしている。ボンベを背負った本格的なものから、シュノーケリングまで楽しんでいる。
家族 現在妻と2人暮らし



企業ガイド
株式会社ヤマサ
所在地 松本市笹賀7600-22
TEL.0263-86-0015
設立   昭和25年12月26日
資本金   4,500万円
事業内容   主食用米・醸造原料・豆腐原料・製麺原料・製菓製パン原料・食品添加物・食品包装資材・食用油飼料・ドライアイス・通信販売、ガソリン・軽油・重油・灯油・ガソリンスタンド経営、土木建設用資材・土木建設工事ほか
グループ企業   ヤマサマテリアル、ヤマサフーズ、松本生コン、梓川建設

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