特集2 いま、見直される雇用環境
―労働関連法改正の要点―

多様選択可能型社会の実現をめざして、労働関連法制の整備と規制改革が具体化。

 1人ひとりの能力や個性、ニーズなどに応じて、柔軟かつ多様な働き方が選べる「多様選択可能型社会」。その実現に向けた、労働者派遣法、職業安定法、労働基準法などの労働関連法制の改正案が、今国会において可決・成立した。
 2004年1月に施行される予定の改正労働基準法では、解雇の基準・ルールを初めて法制化。有期労働契約や裁量労働制の拡大などを盛り込んだ。また同年3月までに施行される予定の改正労働者派遣法・職業安定法では、派遣期間の上限の延長や「物の製造」分野への派遣解禁などが特筆されるところである。
 今回の法改正の背景には、次のような動きがあった。
 政府は2001年4月、内閣府に「総合規制改革会議」を設置。経済活性化のための規制改革3カ年計画における重点15分野について、規制の現状と改革への要望等に関するヒアリングを実施し、それをもとに作成した「規制改革の推進に関する第一次答申」を小泉首相に提出した。
 この第一次答申に盛り込まれていたのが、
(1)円滑な労働移動を可能とする規制改革
(2)就労形態の多様化を可能とする規制改革
(3)新しい労働者像に応じた規制改革

 という3本柱で構成された人材(労働)分野に関する規制改革策。解雇基準の確立、有期労働契約や裁量労働制の拡充、労働者派遣事業の規制緩和など、今回の法改正のポイントがすべて網羅されていた。
 この答申に基づいて規制改革推進3カ年計画が作成され、各分野での現行制度見直しを経て、2002年7月「第二次答申・中間とりまとめ」を策定。法改正が必要な改革策については次期通常国会への改正案提出が提起された。
 一方、同年7月、厚生労働省職業安定局長の私的研究会「雇用政策研究会」は、労働市場システムの中長期ビジョンに関する報告をまとめた。
 同報告は、雇用情勢の悪化、短時間労働者や非正規労働者の増加、採用や就労意識などにおける労使双方の行動・意識パターンの大きな変化、そして製造業からサービス業へ就業者の産業間移動が今後大幅に増えることが予測されると分析。それを踏まえ、今後の労働市場のあるべき姿として、正社員やパート、派遣労働者などの働き方が選択可能な「多様選択可能型社会」を提案した。
 多様選択可能型社会とは、個人の個性と能力に応じた働き方が複線型、かつ随時選択可能なものとして用意され、誰もがそれを明確に意識している社会。それを実現するために同報告は、(1)労働市場の基礎となる雇用ルールの明確化、(2)多様な働き方の選択を保障する社会的インフラの整備が必要であると提言した。
 具体的には、雇用ルールの立法化による明示、有期労働契約の期間上限の見直し、裁量労働制の拡大、労働者派遣法の規制改革、パートタイム労働の公正・均等処遇の確立など、規制改革推進3カ年計画に盛り込まれた改革策とほぼ同じ方向と内容で、現行制度の改革を進めていくことが提示されたのである。
 以上のように、多様選択可能型社会を実現させるための関連法制の整備と規制改革の流れが重なり合い、今回の労働関連法制改定となった。

解雇ルールの法制化と規制緩和… 改正労働基準法

■改正のポイント
その1● 有期労働契約の期間上限を、現行1年から3年に延長
その2● 法律で制限されている場合を除き解雇はできるが、解雇権の濫用は無効と、解雇ルールを法制化
その3● 企画業務型裁量労働制にかかる要件の緩和

有期労働契約の期間上限を現行1年から3年に延長

 嘱託やアルバイト、契約社員など、雇用期間に定めのある有期労働契約について、これまでは契約期間の上限が、原則として1年(公認会計士、医師等の高度専門職や満60歳以上の高齢者に限っては3年)と規定。また、契約期間内に労働者側から一方的に契約を破棄することはできなかった。
 今回の改定では、契約期間の上限が1年から3年に、また高度専門職や満60歳以上の高齢者については5年に、それぞれ延長された。さらに上限3年の有期労働契約を結んだ労働者については、附則で「労働契約の期間の初日から1年を経過した日後においては、その使用者に申し出ることにより、いつでも退職することができる」と定めた。
 一方、使用者側から契約を打ち切る場合は、運用上の決まりとして「30日前に予告し、理由を説明する」ことになっている。しかし、これはあまり周知されていないのが現実で、契約の更新・雇用の停止の際にトラブルが発生するケースも少なくない。
 今回の見直しでは、このようなトラブルを防ぐため、厚生労働大臣は使用者が講ずべき労働契約の期間満了通知に関する事項などについて基準を定めることができる、という規定を新たに設置。行政官庁が使用者に対して必要な助言・指導を行うことができるようになった。

解雇権濫用を防止するため、解雇ルールを初めて法制化

 労働基準法にはこれまで解雇予告制度が規定されているだけで、解雇が不当かどうかの判断は個別の案件ごとの裁判にゆだねられていた。判例の積み重ねにより、解雇に関する一定のルールがつくられてきたのである。
 例えば、解雇に関する最高裁の代表的な判例の1つに「合理的な理由を欠き、社会通念上相当だと認められない解雇は無効」(1975年・日本食塩製造事件)という判断がある。解雇が正当であると認められるためには、まずこの判例をクリアしなければならない。その上でさらに、(1)解雇しなければ企業存続ができなくなるほどの差し迫った必要性があるか、(2)解雇を避けるために企業はどのような努力をしたか、(3)解雇対象者の選び方は合理的で公平か、(4)労働者側の納得が得られる手続きを踏んでいるか、という4要件を満たす必要がある。これが使用者による解雇権の濫用に対する一定の歯止めとなってきたとはいえる。
 しかし現状では、使用者が解雇権を濫用するケースが後を絶たない。トラブルの防止および迅速な解決を図るためには、判例任せではなく、解雇が不当かどうかを見定める尺度を明示する必要があった。このような背景から、今回初めて解雇ルールが法制化されたのである。
 改正案では、判例で確立している解雇濫用法理を規定化。「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合には、その権利を濫用したものとして、無効とする」(第18条の2)と明記した。

企画業務型の裁量労働制にかかる要件を緩和

 業務の遂行方法や時間配分を労働者の裁量にゆだねるという、裁量労働制。労働時間管理の枠組みから離れて仕事をするこの労働スタイルは、研究開発や情報処理システムの分析・設計などの部門を対象とする「専門業務型」と、本社の企画・調査・分析部門などを対象とする「企画業務型」の2つが認められている。
 今回の改正では、企画業務型の裁量労働制について簡素化が図られた。
 具体的には、これまでは「事業運営上の重要な決定が行われる事業場」に限定されていたが、対象業務であれば、事業場の労使委員会の議決のもとに、支社・支店でも企画業務型の裁量労働制が導入できるようになった。
 また導入手続き要件についても、以下の通り大幅に緩和された。(1)労使委員会が決議を行うための委員の合意を「全員の合意」から「委員の5分の4以上の多数」に緩和、(2)労働組合などから指名された労働者代表委員が改めて労働者の過半数の信任を得るという要件の廃止、(3)労使委員会の設置について労働基準監督署への届け出要件の廃止、(4)導入後に使用者が労働基準監督署に定期報告する事項については、対象労働者の労働時間の状況に応じた健康・福祉確保措置の実施状況に限る、など。
 手続きが煩雑なうえに適用が限定的と、使用者側から使い勝手の悪さが指摘されていた従来の制度。導入・運用手続きが簡略化された今回の改正によって、地方にある支社・支店でも企画業務型の裁量労働制の導入が進むと期待されている。

労働者派遣の門戸を大幅に拡大… 改正労働者派遣法・改正職業安定法

■改正のポイント
その1● 派遣期間の制限の延長、および撤廃
その2● 製造業務への人材派遣を解禁(期間1年)
その3● 職業紹介事業の届け出制
その4● 地方公共団体の無料職業紹介事業

派遣期間制限を3年に延長。26業務は期間制限を撤廃

 これまで通常業務の派遣期間については、就業場所ごとの同一業務につき1年を超えてはならないとされ、派遣労働者の雇用が不安定になる面が指摘されていた。
 そこで今回の改正では、期間制限が3年まで延長された。ただし、派遣期間を1年から3年に延長する場合、派遣先企業はあらかじめその期間を定めること、そしてその際には、当該事業所の労働組合もしくは労働者の過半数を代表する者からの意見聴取を行うことを義務づけた。
 派遣先による一方的な期間延長が行われないよう、同法改正案が参議院を通過する際には「意見聴取が確実に行われ、意見が尊重されるように(行政は)派遣先の指導に努めること」との付帯決議が明記された。
 一方、ソフトウェア開発・機械設計・通訳など、いわゆる専門的26業務については派遣期間が上限が3年間とされていたが、改正法の施行と同時にこの制限は撤廃され、期間制限のない業務として取り扱うこととなった。
 また、新たに期間制限のない業務に、「1カ月に行われる日数が派遣先の通常労働者より相当程度少ない業務」と、「育児・介護休業を取得する派遣先労働者の業務」の2つが追加された。
 「日数が相当程度少ない業務」とは、商店の棚卸しなど臨時に発生する業務に限られる見込み。厚生労働省ではこの点について、「繁忙対策や日常業務を切り分けた業務は該当しない。内容については今後、労働政策審議会で検討されることとなるが、1カ月のうち10日間程度の業務と考えている」とコメントしている。

製造業務への人材派遣(1年間)を解禁

 生産工程で働く人への影響が大きいことなどを考慮し、「物の製造」については適用除外業務として、派遣労働が認められていなかった。
 しかし改正法では、労働力需要に対応するため、これを適用対象業務に追加し、製造業への労働者派遣を自由化した。ただし、製造業務に従事する労働者の実情等を考慮して、法施行後3年間は派遣期間を1年間に制限。さらに安全衛生面の強化を図るため、派遣元と派遣先の双方の派遣責任者の職務に「安全および衛生に関し、派遣元・派遣先との連絡調整を行う」ことを追加した。
 参議院の付帯決議においても、行政に対して派遣と請負の区分基準の周知徹底、厳正な監督指導を行うこと、そして派遣労働者の安全衛生対策に万全を期すことが要請されている。

派遣労働者の直接雇用促進をめざして

 改正法では、派遣前の事前面接、履歴書送付、派遣期間中の採用条件の明示・採用内定ができるようになった。
 企業と派遣社員の双方が合意すれば、派遣先に正社員として直接雇用される、紹介予定派遣。これまで政令を根拠に運営されていたが、改正法では、紹介予定派遣の定義を法律に明記。将来の正社員雇用を前提とするなど、その性格が一般的な派遣と大きく異なっているため、派遣元に対して雇用契約時に紹介予定派遣であることを明示する義務を課すとともに、従来禁止されていた派遣先による事前面接を解禁した。
 参議院の付帯決議には「濫用防止を図るための措置を指針で定め、適正な運用の確保に努める」と明記された。
 また派遣労働者に正社員の道を開くため、直接雇用の促進策も講じられている。
 派遣期間が終了し、派遣元から派遣停止通知を受けた後も派遣労働者を使用する派遣先は、その派遣労働者に対して雇用契約の申し込みをしなければならないと規定。同一業務で同じ派遣労働者を3年を超えて受け入れている派遣先が、同じ業務で正社員を雇用しようとする場合、その派遣労働者を優先的に雇用することも義務づけた。

地方公共団体による無料職業紹介事業を認める

 一方、改正職業安定法では、住民の福祉の増進、産業経済の発展に関する業務などの制限をつけて、地方公共団体の無料職業紹介事業が認められた。また、商工会議所、農協など、特別の法律に基づいて設立された団体が構成員のために行う無料職業紹介事業についても、同様に規制緩和された。
 さらに、職業紹介事業の許可・届け出の手続きを事業所単位から事業主単位に簡素化すること、飲食業・貸金業などとの兼業禁止規定の撤廃なども盛り込まれた。兼業禁止規定の撤廃については、「事実上の強制労働や中間搾取等が発生することがないよう許可基準において厳正な対応を図る」と参議院の付帯決議に明記された。

専門的な26業務

1. ソフトウェア開発の業務
2. 機械設計の業務
3. 放送機器等操作の業務
4. 放送番組等演出の業務
5. 事務用機器操作の業務
6. 通訳、翻訳、速記の業務
7. 秘書の業務
8. ファイリングの業務
9. 調査の業務
10. 財務処理の業務
11. 取引文書作成の業務
12. デモンストレーションの業務
13. 添乗の業務
14. 建築物清掃の業務
15. 建築設備運搬、点検、整備の業務
16. 受付・案内、駐車場管理等の業務
17. 研究開発の業務
18. 事業の実施体制の企画、立案の業務
19. 書籍等の制作・編集の業務
20. 広告デザインの業務
21. インテリアコーディネータの業務
22. アナウンサーの業務
23. OAインストラクションの業務
24. テレマーケティングの営業の業務
25. セールスエンジニアの営業の業務
26. 放送番組等における大道具・小道具の業務

紹介予定派遣の利用状況と期間終了後の対応

紹介予定派遣の利用状況と期間終了後の対応

資料出所:東京都産業労働局「派遣労働に関する実態調査」(2003年4月)

経済社会の構造的変化に対応… 改正雇用保険法

■改正のポイント
その1● 給付の見直し
その2● パート労働者との給付内容の一本化

早期再就職の促進をめざした給付を創設

 厳しい雇用・失業情勢が長期化する中で、経済社会の構造的変化や働き方の多様化に的確に対応し、再就職支援の役割を安定的に果たしていくこと。それが今回の雇用保険法改正の目的。保険料率について、労使負担の急増に配慮した上で必要最小限の引き上げを行うことにより、雇用保険制度の安定的運営の確保もめざしている。
 改正ポイントは、(1)給付の見直し、(2)パート労働者との給付内容の一本化などで、以下にその内容を紹介する。
 まず早期再就職を促進するために、基本手当日額が再就職時賃金を上まわる者が多い高賃金層について、その逆転現象の解消を図った。具体的には、基本手当の給付率がそれまでの60%~80%から50%~80%(60歳以上65歳未満は50%~80%から45%~80%)になり、上限・下限額も見直された。
 さらに、多様な早期就業促進のための給付として、就業促進手当(仮称)が創設された。これは支給残日数を3分の1以上残して常用以外の早期就業をした者に対し、基本手当日額の30%を賃金に上乗せして支給するものである。

パートとの給付内容を一本化。再就職の困難な状況にも対応

 多様な働き方に対応するため、正社員とパートタイム労働者との給付内容を一本化。倒産・解雇による離職者は正社員の所定給付日数に、それ以外の理由による離職者は原則としてパートタイム労働者の所定給付日数に、それぞれ合わせることとした。
 また、再就職の困難な状況に対応した給付の重点化が図られた。
 ひとつは、壮年層の基本手当の給付日数の改善。35歳以上45歳未満で雇用保険の加入期間が10年以上の倒産・解雇による離職者について、所定給付日数を30日間延長された。
 もうひとつは、失業者への給付との均衡に考慮した在職者への給付の見直し。教育訓練給付の給付率をこれまでの8割から4割に、上限額は30万円から20万円へと引き下げられた。その一方で、従来の5年から3年へと加入期間要件の緩和を行った(3年以上5年未満の場合は給付率2割、上限額10万円)。
 また、高年齢雇用継続給付の支給要件は賃金低下が15%超から25%超へ、給付率は25%から15%へと、それぞれ見直しが行われた。

雇用保険制度の安定的運営確保をめざして

 一方、雇用保険制度の安定的運営の確保をめざして、雇用保険の失業等給付にかかる保険料率の1.6%への引き上げが行われた(労働保険の保険料の徴収等に関する法律の改正)。ただし、平成16年度末までの間は附則に基づいて1.4%に据え置き、その間も弾力条項の発動ができることとした。
 その他、労働保険特別会計法の改正により、雇用安定資金の使用に関する特例が設けられた。失業等給付費を支弁するため必要がある時には、政令で定める日(平成19年度末)までの間は、雇用安定資金を雇用勘定に受け入れて使用できることとしている。
 雇用保険法の改正に準じ、船員保険法においても所要の改正が行われた。


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