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近年、わが国の産業界においては、知的財産権の保護、積極的活用に大きな関心が集まっている。 米国では、すでに80年代から知的財産権の国際的な保護強化を求める「プロパテント政策」が採られ、特許権の権利範囲の拡大、保護の拡大を推進した経緯がある。その中で、日本メーカーが米国特許の侵害につき高額の損害賠償を支払わされる事件も生じ、わが国でも、急速に知的財産権への認識が高まり、ソフトウェア関連発明なども含めた知的財産権の保護強化が図られるようになってきた。 また、「世界の工場」と評される中国産業のめざましい成長や、アジア諸国の急速な追い上げの中で、事業の差別化を図り、かつ不正な模倣等から守るため、知的財産権を有効に活用することが不可欠と認識されるようになっているわけである。 しかし一方、中小企業においては、まだまだこうした知的財産権制度への理解が不十分で、トラブル等を抱えるケースも少なくない。 そこで本シリーズでは、県内の中小企業の方々により良く理解していただくことをめざして、わが国の知的財産権制度を紹介していく。今後、知的財産権に係るさまざまな課題に適切に対応するためのチェックポイントとしてご覧いただきたい。
特許などの知的財産が企業活動にとってきわめて重要な価値を持つことは言うまでもない。しかし、これまでは、企業の中でも研究開発や商品開発をになう関係者だけが関与する事項であり、それ以外の人にとっては、ばく然とした「特許※1」のイメージしかないのではないだろうか。 だか、近年の傾向として、コンピュータやインターネットなどITの急速な発展に伴って、そうした「知恵やアイデア」そのものを知的財産として保護しようとする傾向も強まっている。 あらゆる経済活動がグローバル化し、どのような分野でも国際的な競合関係が成立するようになったことで、自らの知的財産をいかに保護・活用し、また権利侵害などによるトラブルを回避するかということが、地方の中小企業にとっても重大な意味を持っている。 第1回は、まず知的財産権の概要とわが国の制度の特徴について整理してみよう。 知的財産権とは 知的財産権には、大別して以下のようなものがある。
1 特許権取得の手続き性(様式行為性、費用性、公開性) 特許は、発明すれば自然に成立するのではなく、出願(1年6月後に公開※2)し、審査請求し(特許庁に特許を付与するに相応しい内容※3か等を審査してもらう。)、特許庁から特許の査定を受けて設定の登録がされて初めて権利として成立します※4。 そして、登録の際には当初の3年分を、その後は毎年特許料を支払うことで、権利として継続します(なお、特許の存続期間は、出願から原則20年間※5)。また、これら諸手続きを進める際には、通常、弁理士の協力も必要となります。 即ち 特許は、所用の手続きが必要なこと。また出願、審査、登録、維持のそれぞれに費用が必要なほか、さらに弁理士の費用も必要となります。また、公開されるので模倣されやすい面もあります(⑦参照)。
2 学会等発表(「新規性」喪失のおそれ!?) 特許の要件として、新規性が求められるが、この「新規性(=公知でないこと)」は、出願前に発明の内容を公表してしまうと、失われ、特許が取れなくなってしまいます。したがって、特に大学教官等と共同研究する場合、出願前に学会等で論文発表されないよう注意することが必要です。 たしかにこの論文発表等には新規性喪失の例外もある※6が、限定的なので、できれば、公表自体を避けるのが望まれます。 なお、この新規性判断は、国内のみならず外国文献等も対象(内外非公知の要請)となり、またインターネット上の掲載も対象となります。 即ち 出願前の論文公表等は控えるようにする必要があります。 3 「発明者」は「特許権利者」ではない。 特許権は、出願者に対し与えられる。このため、出願書類に「発明者」と記載されていても「出願者」でなければ「権利者」にはなれません。 即ち 権利を取得したい者は、発明者でなく出願者(共有の場合は共同出願者)として出願すること※7が求められます。 4 共有特許 共同研究開発の場合、その成果物たる特許は、共有にすることができます。なお、持ち分の割合は、負担した費用等の割合によることが多いようです(単純に、折半でも可)。 この場合、共有者は、持ち分の譲渡や質権の設定、専用実施権の設定や他人への通常実施権の許諾について、共有者の同意が必要となりますが、実施については、原則(別段の定めをした場合を除く)、他の共有者の同意を得ないで発明を実施できます※8。 即ち 例えば大企業との共同研究でも、単に特許を共有にしたから生産を回してもらえるとは限らないし、逆に、内外の子会社へ生産委託等されても、文句は言えません。結果として、思ったとおりの生産ができないため開発費用の回収ができなくなるおそれがあります。 したがって実際に起こり得る生産状況をも想定して、実施条件(あるいは補償)を予め定める等、対応措置を講じておくことが望まれます※9。
5 特許権の効果 特許権の効力は、その業としての実施権の専有にあります※10。換言すれば、他人は勝手に業としての実施ができません。ただし、この実施権の専有は、特許の成立=登録後からとなります。出願公開後は、登録を解除条件に仮保護が受けられるが、それは、金銭補償にとどまり、差止はできません※11。また当然であるが、特許権を有していても他人が無断実施している事実を発見しなければ、警告等権利の行使はできません。 即ち 権利を行使したいなら早期に権利化(登録)する必要があり、また無断使用されていないか監視する(結構、手間と費用が要る)必要があります。(⑦参照) 6 国内特許と外国特許は別のもの 特許は、属地性の原則があり、各国別々に成立します。したがって、日本で特許をとったからといって、それが中国や米国での権利にはなりません(なお、特許権のない国からの日本への輸入は、日本での「実施」に相当し、水際で差止めることは可能)。 即ち 製造、販売、輸出等の権利を主張したい国(地域)毎に、改めて特許を取る必要があります(当然、そのためには、当該国毎での手続きが必要。)。 7 「特許」と「ノウハウ、その違い及びどちらにするかの判断」 「特許」は登録することで成立し、逆に出願・登録公開され内容が開示されるが特許期間中は、その実施権は専有できることとなります。 「ノウハウ」は、その成立に特段の手続きを要せず※12、財産的価値のある技術情報等であれば「秘匿」されている限り※13 、保護され※14、別にその期間制限もありません。 しかしながら、他者が独自に開発してしまった場合や、不特定の者に知られて「秘匿」でなくなってしまった場合は、最早、権利主張はできません(むしろ、他者が開発してしまった場合、当該他者が特許権化すると、先使用の抗弁※15は一応可能であるものの、基本的には、当該特許権からの制約を受けます)。 このように、特許は、権利は専有で安定しているが、他方で開示することから、技術漏出や模倣のおそれがあります。また、取得・維持に費用がかかります。他方、ノウハウは、秘匿しさえすれば、成立に要件や手続きも不要で、費用もかかりません。秘匿している以上、漏出や模倣も生じにくい。ただし、第三者が独自に開発したり、不特定者に知られると、権利性はなくなる。このように両者には一長一短があります。 即ち 技術を開発したからといって全てを特許にする必要はなく、ノウハウとすることも可能です。要は、その内容や自他の必要性、将来性、さらには費用面等を勘案して、ケース・バイ・ケースで最も適した取扱いを決めるべきです。※16※17
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