特集 中国自動車事情
急速に高まるモータリゼーションの波と
自動車産業の形成を現地に探る

~中国視察研修リポート~

 産業経済の目覚ましい発展を通じて、今や「世界の工場」との評もなされている中国。その中国最大規模の展覧会イベントである「Auto China 2002 Beijing(第7届 北京国際汽車工業展覧会)」が本年6月、北京市の中国国際エキシビションセンター(中国国際展覧中心)を会場に開催されました。このイベントは、中国内外の自動車メーカー、部品メーカー、アクセサリーメーカー等がこぞって出展するもので、出展社数1,200社以上、参観者数41万人に達するという巨大イベントです。
 現在、中国には、国内だけで300社(一説には800社)もの「自動車メーカー」があるとされ、部品等関連メーカーも加えて、次第に巨大な基幹産業を形成しつつあります。
 今回、長野県中小企業労働問題協議会(佐藤久夫会長)では、このイベント視察を中心として、中国における自動車産業の視察研修を実施しました。その研修からリポートしてみましょう。

内外で高まる関心 世界有数のモーターショーに成長しつつある「オートチャイナ」
第7届 北京国際汽車工業展覧会
Auto China 2002 Beijing

自動車展行列
自動車展行列
 私たちが視察研修に設定したのは6月7日。関係者等の入場日であるため、一般公開日よりも入場料が高いにも関わらず、開場前からもの凄い人出であり、現地の人々の波にもまれながらの入場となりました。
 ことに完成車を主に展示している一階は、輸入車展示館を中心として大変な混雑でした。
 近い将来の高成長市場として重視しているためか、海外各社も大きく力を注いでいる様子で、日産自動車はゴーン社長自ら展示会に乗り込み新型車の発表を行うほど。各社とも従来に無い規模と体制で出展を行っていました。
 
中国のコンパニオンさん
 一方、一説に800社とも言われるほど林立する完成車メーカーが林立する中国車では、最も安いローカル製小型車種(「吉利」製)でも約4万元(70万円位)、正規合弁で中国国内トップの上海汽車製のVWポロのクラスでは約12万元(200万円)といったところ。それでもまだまだ中国の一般庶民には高嶺の花と言える存在ですが、沿海部の比較的収入の高い層だけでも六億人といわれる中国市場だけに、モータリゼーションの波は高まってきそうです。
 既に、中国政府がメーカーの統合強化を打ち出すなかで、大手メーカー同士の合併や合弁の動きがさらに加速しています。中国市場には出遅れた感のあるトヨタ自動車が、中国地場最大手で「紅旗」を生産する長春市の第一汽車との合弁を最終調整。さらにその第一汽車がダイハツとの合弁生産も行う天津汽車との合併を行うなど、合従連衡を地で行くような動きも見られています。
 また、2階等の「部品」展示スペースでは、これまでになく多くのメーカー等が精力的な出展を行っており、私たちとしても充分に意義のある視察研修を行うことができました。中国を近い将来の「巨大マーケット」と捉えて、あるいは日本国内仕向けの生産拠点として、部品メーカー等の進出意欲は、さらに高まっているようです。
 いずれにしても中国の経済発展がこのままのペースで進めば、沿海部の富裕層からモータリゼーションの波が広がり、自家用所有が増加していくことと思われます。その時、従来のままの化石燃料使用車両が主力であるとすれば、地球環境に対する深刻な負荷が発生することも懸念され、単に市場の拡大だけではすまされない課題を含んでいることも感じさせました。

長野県上海駐在員に聞く中国の自動車事情
 現在、上海市には約1万人の在留邦人がおり、さらに長期出張者を含めると3万人が生活しているといわれます。そうした中で、長野県内中小企業の進出等も増えています。
 そこで上海市にある長野県駐在員事務所を訪れ、中国の自動車事情をメインに駐在員の小林一洋氏に講演をしていただきました。

■講演概要
 これから多数の乗用車をご覧になると思うが、日本でいう自家用車はほとんど無く、社有車等です。中国で最大のシェアを持つ上海汽車とVWの合弁で製造しているサンタナで約12万元、「偽物」疑惑のある浙江省の吉利製で4万元という価格です。一方、中国国内(特別行政区を除く)で最も所得水準が高いとされる上海において、雇用者の平均賃金は21,781元ですから、かなりの高額商品です。
 また、上海市民はあまり乗りませんが、オートバイでは、日本メーカーが中国国内で製造した真正品で一万元に対して、デッドコピーは3,000元~4,000元。コピー品の横行に音をあげたホンダがそのメーカーと合弁した話はお聞きになったことと思います。
 日本の技術者が心血を注いで作り上げた意匠等を気楽に真似され、低価格で販売されることには忸怩たる思いがありますが、ある意味では日本も通ってきた道です。良い物は真似られて当然という考え方に起因するもので、直ちに根絶することは無理でしょうから、進出を検討する際にはこうしたリスクも考慮したほうがよいと思われます。日本貿易振興会上海事務所においても「偽物対策セミナー」を開講するなど対処しています。
 しかし、今後を考えれば、沿海部6億人は自動車メーカーに限らず魅力的な市場でしょう。携帯電話を例にとるとユーザー数はすでに1億2000万人を突破しました。国営企業の倒産、それによる失業者の増加など、あまり日本国内で報じられないネガティブな波乱要素も含んでいる中国ですが、WTO加盟をきっかけとして知的財産侵害の沈静化を期待しつつ各国の自動車メーカーもこのマーケットでのシェア拡大を狙って鎬を削ることになるでしょう。

中国のデトロイトを目指す上海市、嘉定工業区を訪ねて
上海嘉定工業区管理委員会
上海嘉定工業区開発総公司

 上海市の市級工業区として企業誘致、開発、整備が進んでいる嘉定開発区を訪ね、視察研修を行いました。
 嘉定開発区は1992年に創立され、総企画面積は24.8平方キロメートル。このうち第一期開発面積8.4平方キロメートルは既に終了しており、現在は第二期開発面積五平方キロメートルを分譲中です。
 当嘉定区を含む上海市人民政府は、裾野の広い自動車工業を重点産業と位置づけ、中国で一番の自動車工業集積地、中国のデトロイトを目指しています。
 当工業区では多種類の標準工場をあらかじめ建設しており、これ利用して直ぐに操業できる体制も整えてあります。また区画された土地に自社で建物を作ることも可能ですし、その他、浦東新区と同様の税制での優遇や減免、当工業区独自の土地使用料の減免があります。電力、ガス、水供給、排水設備等のインフラも完備しています。
 また工業区内には生産活動の分野のほか生活に必要なサービスも全て揃っており、住宅、レクリエーション施設もあります。また大学などの高等教育機関も充実しており、研究開発の分野にも対応しています。今までに操業を開始した企業の経営は好調とのことです。
 同工業区管理委員会事務所では、副主任・副総経理の劉駿氏、曹繼業氏、項目経理の施其忠氏にお話をうかがい、さらに質疑応答もさせていただき、貴重な機会となりました。
 なお、同工業区管理委員会は上海市嘉定区人民政府に委託され政府の職能を行使し、開発総公司と共同で区域内の企画と実施、投資導入、団地管理に全面的な責任を持っています。また税関、税務、財務、労働紹介、銀行、法律、保安等必要なあらゆるサービスを提供しています。
 また第三期開発も既に着手しており、2004年にはサーキットを建設し、F1中国グランプリを誘致する予定とのことです。

■研修での質疑応答(要旨)
会員: 自動車工業の裾野は広く、上海市はもとより中国全体が充実したいという考えはわかる。しかし、日本でも現在のように成熟するには30年かかっているが見通しはいかがか。
工業区: 現在の1人当たりGDP(約4510USドル/JETRO上海資料より)は低く、自家用車市場はまだ狭い。しかし上海市人民政府は2008年にはGDP7500USドルを目標としている。その頃には、沿海部の平地にいる6億人がマーケットとなり得る。さきほど申し上げたように上海市の重点産業は自動車工業で、既にVW上海汽車、GEがあるが、より拡充させ、天津、武漢、大連等に負けない集積地を作りたい。上海市人民政府は、自動車工業に関するプロジェクト等を含めて10億人民元を投資しており、最高1000億人民元までの投資を予定している。
会員: 当地の法定最低賃金と、嘉定工業区の一般的な製造ワーカーの賃金水準について教えて欲しい。
工業区: 上海市の最低賃金は396人民元/月で、この水準は国営工場失業者に対する給付金が目安となって決定されている。当工業区周辺の賃金水準は600~800人民元である。
会員: デトロイトを目指しているという壮大な構想であるが、完成車メーカーは最低年間50万台生産しないと採算が合わないと言われているが、現状はどうか。
工業区: 中国シェアナンバーワンのVW上海汽車でも40万台程度。全ての中国の自動車メーカーをあわせてもアメリカのGEの生産台数に達していないのが現状である。ただし、アメリカや日本と全ての社会構造が違うため単純比較はできないと思われる。なお、WTO加盟により全世界の自動車メーカーが中国市場への進出を狙っているが、広大な当地に既に販売・サービス網を構築しつつあるVW上海汽車に追いつくことは難しいだろう。
会員: 駐在員向けに住宅も用意されているというが、平均的な家賃を教えて欲しい。
工業区: 外国人駐在員向け住宅は、述べ床面積200平方メートルの一戸建てで月額約7500人民元、同じく100平方メートルのマンション一室で月額約3,000元となっている。

進出する日本企業「上海小糸車灯有限公司」
上海小糸車灯有限公司
董事・副総経理 宮沢健治氏

 嘉定開発区に進出している日本企業のケーススタディとして、上海小糸車灯有限公司を訪問し、視察研修を行いました。
 同社は、1989年2月、株式会社小糸製作所、および上海市と中国銀行の合弁会社との50%ずつの合弁で設立されました。従業員数は580人、この内日本人駐在員は5人。自動車用ランプなどの自動車部品を開発製造しています。
 製造ラインからスタートしましたが、新たに開発部門も開設し、現在、博士1名、修士10名の体制で開発設計も行っています。技術レベルが高い企業と国家から認定されており、ハイテク企業減税を受けています。
 同社董事・副総経理の宮沢健治氏による講習の後、開発センター等の施設を視察し、現場での説明もいただきました。

■講演概要
 二輪車用を含めて、自動車用ランプメーカーは現在中国に270社あるといわれ、当地においても競争が激しくなっています。現在は8~10万人民元クラスの車両が売れ筋と言われていますが、3年間の所得合計額がこの価格に近づけばもっと売れると見込まれています。
 当社では開発から行っている訳ですが、同じ3D-CADソフトを使って開発を行っても、日本より当社の方が安価にできます。また金型加工、試作加工も社内で行っておりますが、工作機や成型機等は日本製です。
 現在製造ラインは三シフトで24時間操業を行っています。一般ラインに従事する従業員の賃金は600~800人民元/月です。大学技術系卒の新卒者で1,800~2,000人民元/月です。有名大学卒の場合、海外留学等へ出る学生も多いため3,000人民元/月くらいです。採用にあたっては、1ヶ月~6ヶ月の間で試用期間を設けています。
 ただ中国は地域によって労働事情が違うことが多いので、人件費や離職率などの話を聞く場合は、「どこの地域か」確認した方がよいでしょう。



コーヒーブレイク




展覧会チケット偽造団!?
「いわくつきのチケット」
 大イベントには今やつきものの “偽造チケット”に係わるお話。
 今回の研修で手配した入場券ですが、入手に至るまでの道のりは困難を極めました。現地プロモーターやエージェントに問い合わせても発売の情報は届かず、入手の確認が取れたのはなんと出発日でした。その入場券が、会場周辺で多くの個人ダフ屋によって販売されており、値段を聞くと、なんと「50元」と公式価格より安く販売されていたのです。後日、上海小林駐在員よりメールがあり、現地テレビにて「展覧会チケット偽造団」が逮捕されたとのこと。多少溜飲が下がるとともに、なぜチケットの販売がギリギリだったのか理解することが出来ました。W杯チケットの遅れも存外偽造対策があったのかもしれないなどと思いをめぐらす一幕でした。


自動車レースの最高峰 フォーミュラ1(F1)上海へ?
 年間17戦、うちアジア太平洋ではオーストラリア・マレーシア・日本での開催で国内外モーターファンを熱くさせるF1グランプリですが、高度経済成長を続ける上海市が上海グランプリ招致の名乗りをあげました。同市は北西部郊外に総面積5.3平方km、周回7kmのサーキットを2004年完成メドで建設するとともに、このサーキットの管理・運営企業も設立し、F1招致に熱いエールを送っています。
 中国の都市がF1グランプリの招致を図るのは南部の珠海市についで2度目ですが、今回こそは、中国にF1上陸なるか否か!? 今から楽しみな所です。


「中国の航空事情」
「発券窓口に殺到する人々。一列に並びません(笑)。」
 中国の航空会社の飛行機に乗って、そのサービスの豪快さ(?)に驚かれたかたは多いでしょう。しかし、1989年の民用航空総局の分割民営化(日本の国鉄改革がお手本といわれています)・自由化による振興航空会社の誕生が進んでから昨今、競争の激化は空中服務員(フライトアテンダント)のサービス改善にも一役買っているようです。
 今回の研修中搭乗した飛行機は「中国西北航空、中国東方航空(いずれも旧・民用航空総局)」「上海航空(財閥系の振興航空会社)」でしたが、中でも特に、飛行機が着陸する際のシートベルト確認時、深ぶかとお辞儀をしてからベルトの確認作業にはいる上海航空の乗務員さんの接客には新鮮な驚きを覚えました。旧・民航系の各社の接客にも、改善はみられましたが、どことなく以前の雰囲気は拭い切れていませんでした。
 このようにサービスの改善に貢献した会社の乱立と過当競争ですが、各航空会社の収益は圧迫されつつあるのが実情のようで、政府方針のもとこうした航空会社も統合再編の道をたどるようです。(渡辺義作)


中国マイカー購入事情
 デトロイト・東京などのモーターショーと比較しても勝るとも劣らない中国モーターショーですが、ご当地中国のごく一般的な消費者像は、このモーターショーの盛大さと、少し趣きを異にするようです。
 北京ハンドリング会社の王氏によると一般的中国人は、まずマイホーム(都市部ではマンション)の購入を目指し、そのために比較的目一杯のローンを組んでいるため、自動車までは手が届かないのが現状で、さらに住宅環境の点でも、都市部では自動車所有を想定して駐車場を完備したマンション等は非常に少ないとのことでした。
 高度経済成長時代の日本を彷彿とさせる中国マイカー事情ですが、1人1台時代の到来にはまだ少し時間がかかるようです。



中国視察研修 行程・メンバー
平成14年6月4日(火)午後発~6月8日(土)午後着 4泊5日

行   程

6/4(火)
午後12時25分 ●名古屋空港集合
午後 3 時25分 ●名古屋空港発 中国西北航空 WH292
午後 4 時25分 ●上海 虹橋空港 着 時差-1時間
   入管・通関後 ホテルへ 虹橋賓館 泊

6/5(水)
午前 8 時30分 ●ホテル 発
午前 9 時00分 ●JETRO上海にて中国の現況について研修
午前10時00分 ●嘉定工業区へ移動
午前11時00分 ●嘉定工業区管理委員会にて「中国のデトロイト構想」等について研修
午後 2 時15分 ●嘉定工業区内 上海小糸車灯有限公司 研修
午後 3 時45分 ●嘉定工業区内 宮後電子(上海)有限公司 研修
午後 6 時00分 ●ホテル 着 虹橋賓館 泊

6/6(木)
午前 8 時00分 ●ホテル 発 虹橋空港へ
午前10時00分 ●虹橋空港 発 東方航空 MU5101 北京へ
午前11時50分 ●北京空港 着 北京北照奥林巴斯光學有限公司へ
午後 2 時00分 ●北京北照奥林巴斯光學有限公司 研修
午後 5時30分 ●ホテル 着 北京和平賓館 泊

6/7(金)
午前 8 時30分 ●ホテル 発
午前10時00分 ●「2002年中国自動車産業展覧会・北京(AUTO CHINA)」
一般公開前 バイヤーパスにて 視察研修
午前2時00分 ●展覧会場 発 北京空港へ
午後 3時30分 ●北京空港 発 上海航空 FM102 上海へ
午後 5時50分 ●上海 虹橋空港 着 ホテルへ
 虹橋賓館 泊

6/8(土)
午前 8 時30分 ●ホテル 発
午前11時25分 ●上海 発 中国西北航空 WH291
午前2時15分 ●名古屋空港 着 時差+1時間


 

メンバー

平林 健吾  (株)サイベックコーポレーション  代表取締役会長
赤田 幸久  赤田工業(株)  取締役
小野 勝彦  信濃化学工業(株)  代表取締役社長
深澤 佐年  信濃化学工業(株)  常務取締役
宮崎 義明  トーワ金属(株)  常務取締役
竹田 文彦  中信高周波(協業)  第一事業部長
唐沢 征之  中信高周波(協業)  第二事業部長
玉野井 泉  東京法令出版(株)  専務取締役
和田 晶宜  (株)長野ダイハツモータース  代表取締役社長
和田 直之  (株)和田正  代表取締役
原田  章  (株)ミヤタ  代表取締役会長
渡邉 義作  長野県中小企業団体中央会  労働部主任(事務局)
原  弘文  (株)日本旅行長野支店  営業課長(添乗)
以上 敬称略


AutoChina2002【オートチャイナの概要】

正式名称/ 2002年北京国際汽車工業展覧会
Auto Parts Manufacturing & Related Products Show
開催場所/ 北京市 中国国際展覧中心
China International Exhibition Center
開催日時/ 2002年6月6日~13日
マスコミ公開日 6月5日
バイヤー公開日 6月6・7日 入場料 60元(1元=約17円)
一般公開日 6月8日~13日 入場料 30元
主 催 者/ 中国機械工業連合会、中国汽車工業総公司、中国国際貿易促進委員会、中国汽車工業協会
開催時期/ 1990年から上海と隔年ごとに開催
出展社数/ 24ヶ国・地域 1,200社以上
参観者数/ 約41万人(内35%が海外から)

参考

東京モーターショー  2001年 21ヶ国地域 273社 約128万人
デトロイト  2002年 14ヶ国地域 214社 約76万人


嘉定工業区の土地貸借料、標準工場借料等具体的なデータがご入用の場合は、長野県中小企業労働問題協議会事務局までお問い合わせください。



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