信州の起業人-チャレンジャーたちの系譜-

“~ 鋳造と加工という 二つのコアテクノロジーを軸に、
      ブレーキシステム用部品製造の 世界を変革する。~”


吉田徳寧さん

吉田工業株式会社
代表取締役社長 吉田徳寧さん

ものづくりの基幹を担う。

 みどりの村に近い高台にゆったりとした敷地を持って広がるグリーンヒル吉田工業。ここに平成13年8月に増築された新工場棟は、幾つかのおおきな特徴を持っている。
 その一つは自動車用ブレーキ部品の生産ラインとして、一工場内に全工程を収めていることである。さらに各工程には徹底した自動化と高効率化のメスが入れられ、段取替えに伴うリードタイムの削減などとも相まって、工数やコストの削減、生産性の向上、品質管理の一元化などに、大きなメリットを生み出している。
 とかく国内空洞化の危機が論じられることの多い製造業。自動車産業の分野においても、国内部品製造業の約七割は、深刻な低迷状態にあるとも言われている。その中で、吉田工業はむしろ着実な成長と事業拡大を続けている。昨期は売上高ベースで8.9%の成長であり、「今期はそれを上回る成長を期待」しているという。
 ものづくりの基幹ともいうべき部品製造技術の領域で、同社が競争力を発揮してきた要因はなんだろうか。同社の特徴と事業における強み、そして経営のポリシーなどについて、同社社長吉田徳寧さんにうかがった。


製糸業からの転換。

 吉田工業株式会社の設立は昭和40年。吉田さん24歳の時のことである。
 それまでは、家業として座繰製糸業を営んでいた。信州の近代産業史を通じて基幹の地位を担ってきた製糸業だが、合成繊維の普及や海外との競合の中で、昭和30年代にいたって斜陽化の流れは止めようがなくなっていた。そんな時代である。
 同社も事業の転換を迫られ、吉田さんが家業に加わるとともに、電子部品組立製造へと転換を図った。
「可変抵抗器などの組立を行ったわけですが、しかし、電子部品の組立製造のみでは、どうしても仕事に波があります。景況の変化に対するクッションとしての役割を担わされるだけ。地に足がついていないのです。やはり自らの技術を持って、それを研鑽していけるような事業の姿にしなければと、考えるようになっていきました。」


ブレーキ部品製造へ、 そして一貫生産へのチャレンジ。

 そして吉田さんが選択したのは、自動車用ブレーキ部品の分野だった。上田市に本拠を置くブレーキメーカー日信工業株式会社から、切削加工を受託することから取り組みはじめた。もちろん経験のない異分野のこと、最初は技術を学ぶことから始まった。日信工業へ実習に行き、切削加工を一から教えてもらったという。工場は、かって蚕室として使用していた建物を改造したもの。設備は、日信工業から借りた機械を設置してのスタートだった。
 供給されてくるアルミ鋳造品を切削加工し、納入するわけである。技術に習熟してくるに従い、納入先での評価も高まった。事業は着実に拡大した。これに合せて設備も自前のものを購入し、更新していった。
 そして第二のステップがやってくる。鋳造工程からの一貫生産へのチャレンジである。
「切削加工のみというのは、『待ち』の仕事なんですよ。鋳造品が来るのを待たなければならない。つねに供給待ち。それでは、なかなか生産計画も立てにくいですし、工程の合理化や効率化もしにくい。ある程度ノウハウが蓄積されてくると、そういう自分たちの弱点も見えてくるわけですね。」
 それならば鋳造工程からやろうと、アルミ鋳造設備を導入するとともに、鋳造技術の習得を図った。
 鋳造を手掛けるために必要な鋳造金型のメンテナンスや治工具にも問題がでてくると、切削加工で貯えたノウハウも活かしながら、金型製作技術の積極的な導入でクリアしていった。
 さらにこうした取り組みは、後工程である研磨や表面処理にも拡大させた。ブレーキ用ピストンの一貫生産体制を確立させたわけである。


付加価値の増大が業容の拡大を 可能にする。

 フルライン化の実現によって得られたメリットとはなんだろうか。
「フルライン化ということは、当社がその部品については責任を持つということですから、得意先にとっては、Q(品質)・D(納期)・C(価格)の追求において大きなメリットとなるわけです。管理工数も大幅に削減できる。一方、当社自身にとっては部品の品質保証までを担えることになり、これが大きな付加価値となります。付加価値の増大に伴って業容が拡大するという流れが生まれたわけです。」と吉田さんは語る。
 もちろん新たな領域に取り組むことは、中小企業にとって少なからぬリスクをともなう。
「設備の導入等については、国・県などの制度資金を積極的に活用することで対処しました。新たな技術の導入にあたっては、得意先である日信工業のご支援が得られたことも大きいですね。そして若い社員たちが、研究プロジェクトなどに情熱を持って取り組んでくれたこと。これがたいへん大きな柱になっているのだと思います。」


技術力とマネジメント力こそが両輪。

 産業の空洞化が叫ばれている現在、ものづくりの基盤を担うはずの多くの分野が、海外へ移転、流出している。「日本国内ではもう高付加価値なものづくりしか成り立たない」と言われ、さらには「それすら危うい」とまで言われている。
 しかしながら、一概にそうとは言い切れないと吉田さんは語る。
「確かに『人件費の安さ』だけを追い求めれば、製造業は海外へ向かうことになるでしょう。しかし、それでは未来永劫、新天地を求めてさまよい続けるのかということです。それ以前に私たちにはまだまだやるべきことがあるのではないでしょうか。」
 かつて、すさまじい円高となった当時、同社も米国等での現地生産化を真剣に検討したことがあるという。しかし、実際には行われなかった。
「今になって冷静に考えるとわかるのですが、私たちが取り組んでいるのは自動車の重要保安部品として位置付けられるものだということです。単に設備がある、技術があるというだけでは移転することができない。製造工程のみならず、その開発の源流から川下までをしっかり見据えることのできる広範な知識とノウハウの積み重ねが必要であり、さらにそれらを的確に管理してものづくり全体に反映させていくことが必要になる。つまり技術力とマネジメント力が両輪として備わって初めて可能になるからです。」
 それは、突き詰めて言うと、日本の産業経済の根幹を成してきた「ものづくりの知恵」だと吉田さん。
 さらなる低コストが要求されるのであれば、原価を削減する工夫をする、工程や工数の効率化を考える。それらも行き着いたというのであれば、今常識と考えている方法を他のもので置き換えられないか、あるいは複合化できないかと考える。考えることには限りがない。


知恵は無限。

「工夫のしかたはまだまだあると思います。知恵はもっともっと絞ることができるし、そうやって知恵を絞って改革・改善をしていくことが、ものづくりの真の面白さではないでしょうか。資源や資金には限りがありますが、知恵は無限です。」
 では、同社ではどのように『知恵を絞りだす』取り組みをしているのだろうか。もちろん、漫然と何とかしろと言うわけではない。
 まず、経営トップが高い目標を掲げる。その目標に対して、現状を比較し、どこにどのような課題があるのかを具体的に見出していく。そのひとつひとつをクリアするよう若い社員たちに働きかけていくわけである。
「こうしたプロセスを丹念にくり返していけば、ほとんどの目標というものは達成できるんじゃないでしょうか。また、そうして委ねれば、若い人たちは目を輝かせて取り組み、成果を上げてくれるんですよ。」


情熱を引き出し、チャレンジする 面白さを体感させる環境づくり。

「『いまの日本はダメだ、若い人はダメだ』とよく耳にしますが、それは結局、導く側がダメなのだと言っているのと同じことです。若い人には、彼らなりの意欲も情熱もあります。大切なのは、それを最大限に引き出せるように、チャレンジすることの面白さを体感できるように、環境づくりをしていくことだと思います。」  吉田工業では、新入社員などを中心に、1~3年の技術研修派遣を実施している。社内でも、その時々の課題に合せて研究プロジェクトを設け、外部から講師を招いての研究会を重ねている。
 また、新たなブレーキシステムの開発については、ゲストエンジニアを出向させ、その開発・設計段階から共同して取り組むというケースも増えている。
 平成8年からは、ボッシュブレーキシステムの前身である自動車機器との取引もスタートした。
「たいへん偶然のことでした。その数年前、神奈川県にあるサイエンスパークを見学に行った折、同行者のなかにボッシュ社の関係の方がいまして、話をしていましたら、そういう相手先を探していたところだということになったわけです。
 それから延べにして30名くらいですか、各部署の担当の方がやってきて、これならばよろしかろうという評価をいただいた。それで、自動車機器本社とのお取引きということになったのです。」
 そこには、同社の生産管理システムや品質保証体制、さらには、独自の生産設備を内製化していく生産技術に対する評価も置かれている。


今後とも 2つのコアテクノロジーを軸に。

「私たちとしては、今後とも、鋳造と加工という2つのコアテクノロジーを軸にして、さらに特色を打ち出していきたい。当社らしさを追求していきたいと考えています。
 さいわい昨今の潮流として、軽量化ニーズに応えるための鉄からアルミへの置換が進んでいますから、ビジネスチャンスは充分にあると観ています。しかし、それのみにとどまることなく、さらなる可能性を追求して行きたいというのが、私たちの願いです。」
 また吉田さんは、佐久地域の異業種企業と図り、異業種による新たな製品技術の開発・実用化を目指して、「協同組合浅間テクノスター」を設立し、理事長としての活動も行っている。
 現在は、組合員企業の企業体質の強化を主な課題として取り組んでいる。そのひとつは、雇用能力開発機構などの指導をいただきながら、人材の育成を図っていくこと。もう1つは、各組合員企業の中長期計画策定をもとにして、それぞれ固有の課題や、共通の問題点などをさぐりだし、それらを解決していく取り組みだ。  そうした中から、新たな技術や発想を見出し、新商品開発に結び付けていこうとしている。


経営とは楽しいもの。

 経営者として吉田さんがつねに心がけていることは『変革』である。つねに現状を見つめ、将来の目標を高く掲げ、そこに向かって、企業の姿も、自分自身も変えていくことをめざす。
「経営とは楽しいものですね。もちろん苦しいことも、厳しいこともたくさんありますが、変革に携わることができるというのは、本当に楽しいことです。自分も変わりますし、それによって世の中も変わっていくのですから。」
 同社は、スローガンに「明るく、楽しく、情熱を持って」という言葉を掲げている。
 そして若い社員には、これを逆の順で語りかけるという。
「情熱を持って仕事をすればよい結果が生まれ、私たちはもっと明るく、楽しくなれる。」



プロフィール
吉田徳寧さん
代表取締役社長
吉田徳寧
(よしだよしやす)
中央会に期待すること

 中小企業は、日本の産業経済の根幹を支えてきた。これからも、中小企業の活力こそが発展の起爆剤であると考えている。そのためにも、中小企業が活力を維持・確保・拡大していけるよう、法制・税制・環境基盤整備などさまざまな面からの取り組みに、主動的な役割をされることを期待したい。

経歴 昭和16年3月17日生まれ。昭和34年長野県野沢北高等学校卒業後、父の経営する座繰製糸業から、吉田電子工業を設立し、電子部品組立製造に取り組む。昭和40年、吉田工業株式会社に改組し、自動車用ブレーキピストンの加工に取り組む。以来、自動車用ブレーキ部品の一貫生産体制の構築にも取り組み、独自性ある部品メーカーとしての立場を確立してきた。
平成8年からは、国内に加え、海外のブレーキシステムメーカーとの取引も開始し、グローバル市場を視野に入れた事業展開を図っている。
またこの間、佐久地域の異業種企業が結集する協同組合浅間テクノスターの設立に携わり、現在理事長を務めるなど、地域の中小企業の活性化を目指した活動に積極的に携わっている。
家族構成 父、母、妻、子供
趣味 ゴルフ、読書。
現職 小諸職業安定協会 会長
佐久法人会 常任理事組織委員長
佐久労働基準協会 理事衛生部長
協同組合浅間テクノスター 理事長
中小企業振興協会 副会長


企業ガイド
吉田工業株式会社
本社 長野県北佐久郡望月町大字春日2707番地
事業所 グリーンヒル吉田工業
TEL.0267-53-2151


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