新春特別寄稿

ものづくり、人づくりが日本を救う



長野県工科短期大学校 センタープラザ 長野県工科短期大学校
校長 佐藤元太郎氏
佐藤元太郎校長 1.ものづくり産業はわが国の経済力の源泉でもある。

 第二次大戦によってほとんど壊滅的な極限にで打ちのめされたわが国の経済が、わずか半世紀の間に立ち直り、一部の産業はアメリカやヨーロッパを追い越すまでに競争力をつけたと言う事実は誰しも認めるところである。これはものづくりによって生み出された付加価値がもたらした結果である。最近、日本の就業構造が変化し、とくにサービス業の就業人口が製造業を越えたと言われているが、国内総生産高の製造業の占める割合は約25%(サービス業は18%)で、依然他の産業に比べて高いシェアを示している。この比率は今世紀も維持されることがわが国の発展に不可欠であろう。


2.ものづくり産業にしのびよる危機的要因

 一般に文明が発達すれば第三次産業のウエイトが高まると言われているが、製造業を軽視する風潮が若者から出はじめている。製造業=3Kなる言葉が流行したりもした。3Kとはきつい・汚い・危険の ”き“三文字を意味したものである。手を汚さずに恰好良く金を稼ぐことの方がもてはやされるような社会風潮はわが国にとって一大事である。


3.シェア世界一の製造業がわが国には多数ある。

 最近、世間では日本経済や日本的経営について悲観的にコメントするのがお決まりのようだが、図1のシェア世界一位を示す製品群を見る限り、それほど頼り甲斐がなくはないことがわかる。これらの工業製品はいずれも長い間に蓄積されたわが国のものづくり技術の果実である。ものづくりへのこだわり、絶対手抜きをしない品質管理、先端加工技術を駆使した製造技術が生み出した一級品ばかりである。高品質の製品をわが国から今後も世界に供給してゆくことは世界の要求なのである。日本製の工作機械や部品の供給がなければものにならない製品が世界にはたくさんあることを日本の一般の人々は知らなすぎると言える。

・乗用車 ・造船 ・二輪車 ・工作機械 ・ロボット ・金型 ・家電製品(VTR、MD、DVD、デジタルスチルカメラ、メモリースティックなど) ・カーナビ ・ビデオゲーム、ゲームソフト ・カメラ ・腕時計 ・半導体用シリコン ・液晶パネル ・リチウムイオン電池 ・各種セラミックス部品
図1 シェア世界一の製品群


4.これからのものづくりの考え方

 ものづくりに対する考え方は、その時代の産業の発達とともに大きく変遷してきた。それはおよそ次の図のようである。

少品種大量生産
多品種少量生産
注文生産
顧客が設計に
関与する生産
図2 生産形態の変遷

電気・電子工学実験 上段の少品種大量生産は19世紀ティラーにより生産作業を効率的に行うための管理法として提唱され、自動車産業に導入されて成功し、以後大量の製品を低価格で製造するのに有効な方式として確立された。その結果、多くの人々がその製品を容易に手に入れ、豊かな生活を獲得した。そうすると今度は自分の好みに応じた製品が欲しくなり、それに応えてメーカーは多品種少量生産の形態に移行を余儀なくされた。これは ”造った物を売る時代から売れる物を造る時代“への変化を意味している。そして最近ではメーカーの提示した多様な製品の中からユーザが最も好む物を迅速にしかも低価格で生産する言わゆる注文生産への必要性が言われている。さらに近い将来(すでに始まっている分野もある)、図の下段に示すように、ユーザが製品の設計に何らかの形で関与し、より満足度の高い製品を造り出すような生産形態が間近にくることが予想される。こうした生産形態の変化の中で少品種多量生産形態は労働集約的大企業優位のものであった。しかし注文生産あるいはユーザ参加形の生産形態においては、最前線で直接ものづくりをしている中堅・中小企業が設計段階から生産システムの中に関与してくることが予想される。こうした時代背景の中でいよいよ中小企業の出番到来と発想を転換し、その期待に応えるべく体質強化を計ることが重要である。どのような企業イメージかと言えば、


(1)高付加価値製品の製品概念を迅速につかむ。
 他人の所有する物とは一味違った製品とは・一味とは何なのかを迅速に掴み、それを提案できる企業を目指す。


(2)他の追従を許さない独自技術を確立する。
 中小企業は開業時には必ず独自技術を持っていたはずである。この技術に磨きをかけて新技術を創出し、これを武器に戦略が練れるような企業。


(3)産学官連携による自社技術の補完に積極的な企業を目指す。
 大学との連携の目的を図3に示したが、まだまだ連携を有効に生かしきっていないと思われる。まずは両者との出合いを頻繁に行うことから始めることである。自社開発に時間がとれない中小企業にとっては大学、公的試験機関を利用することによって思わぬ成果が期待できるはずである。

図3 大学との連携の目的


(4)IT活用を積極的に取り入れる企業
 ITとは情報を扱うための道具である。問題はその道具をどのような目的で、いかに扱うかと言うことである。つまりITは性能の良い自動車のようなものであり、その自動車を使って、どこに行って何をするかが決め手である。情報は「もの」が動いて初めて価値が出ることを銘記すべきである。製造技術におけるITの具体的な活用例には枚挙にいとまがないのでここでの詳論は次の機会にゆずることにする。



5.ものづくりは人づくり

 何事を成すにも行きつくところは、それに携わる人である。人づくりについては今更言われなくとも分かっているはずであるが、いざ実行するとなると実に困難なことである。中小企業に携わる人づくりの困難さについて触れると


(1)中小企業の人材に関わる悩み
(イ)社員の能力不足があげられる。
  一般的には既存のビジネスを維持する能力は持っていても、新規ユーザの開拓・新規製品の開発に関わる知識・能力が不足している。それを補うための人づくり。
(ロ)人材不足と人員過剰が混在している。
  大企業は関連会社への出向や早期退職制度などのリストラ策を進め、人材過剰感を断ち切ったのに対して、解雇以外に対策を持たない中小企業は不必要な社員を抱えざるを得ないのが現状である。
(ハ)経営の後継者不足
  この問題については、長期展望に立って人材育成をしてこなかった結果であり、これは会社の責任である。早急に手をつけなければならない大事な仕事であろう。


(2)若者の製造業離れ現象への悩み
現代の若者の特徴
 技術が生み出した機械や器具(自動車、オーディオ機器、コンピュータなど)を使うことには貪欲であるが、作り出すことには関心が薄い(作り出すことをいやがり、果実のみを欲しがることから、文明社会の野蛮人と言う表現もあるほどである)。
 本来人間はものづくりが好きな動物だと言われている。ある統計によると、「ものづくりが好きか」という問いに対して、小学生80%、中学生60%、高校生40%が「好き」と答えている。学年が進むにつれてものづくりへの興味が薄れてゆく現象は一体何なのか。社会環境、教育環境のうちの何が主な要因でものづくり離れ現象を引きおこしているのかについてすでに多くの識者の論評がある。その内容について項目のみを列挙して、筆者のコメントは控えることにする。
  ● ものづくりを卑下する社会風潮(前述した)
  ● 努力しなくとも何んでも欲しい物が手に入る、人工物に囲まれた社会的環境
  ● 入試制度や教育環境(知識偏重形で自然現象の観察や体験
  学習的内容に乏しい教育)




6.県内企業との共存を目指して設立された県工科短大

(1)県内企業(工業)の現況
(イ)機械系4業種に特化した製造業主体の産業構造で、そのうちの加工組立業種の製造出荷額が全体の70%を占めている。
(ロ)機械系4業種の製品が輸出出荷額の90%を占めている。
(ハ)製造業の企業規模は30人未満のものが全体の90%を占める。
(ニ)製造業に働く人の割合は全就労人口の30%を占める。
 以上の項目から言えることは製造業を中心とした典型的な輸出産業で、しかも大半が中小企業の技術力によって成り立っている産業構造である。


(2)工科短大設立の背景と意義
 県内企業が成長してきた過程の中で特筆されることは経営者の(イ)「進取の気性」と「高い独立意欲」、(ロ)幅広い加工分野を有した質の高い下請企業群の存在、(ハ)質の高い公的試験場の整備等がうまくかみ合って功を奏したと言える。こうしたこれまでの経緯の中で、中小企業最大の悩みは有能な若き技術者の確保が困難であったことが挙げられる。地元の大学からは毎年多数の工学士が巣立っているなかで、その殆んどが県外の大手企業に就職してしまい、県内の中小企業の殆んどは慢性的な技術者不足に苦しんできた。本校はこうした背景の下で設立準備され、中小企業の多大の期待の中で平成七年に開校にこぎつけた経緯がある。


(3)工科短大の教育方針
(イ)県内企業の求める人材育成=ものづくり魂を基本に据えた実学融合の教育
(ロ)県内企業、とくに中小企業と本校教員との連携による技術研究開発
 以上の教育方針を柱に据えて、地元企業に貢献し、言わゆる共存の形で本校の発展を目指している。


(4)工科短大の現状
 開校以来7回の入試を実施したが、志願倍率は2.6倍から1.8倍の間を推移したが、平成12、13年は2.2倍で安定しており、本校の学力レベルが高校進路指導側に定着したものと考えている。就職状況については図4に一括して示した。就職率は毎年100%を達成し、ほぼ全員県内企業に就職している。


(5)工科短大の将来展望(グレードアップの必要性)
 21世紀型ものづくりは前述したように注文生産形態からやがてユーザ参加型の設計、生産形態へと移行する。こうした時代的背景の中で中小企業も従来の下請的発想を捨て、親企業と共に、あるいは単独で製品の企画開発から設計・生産過程に積極的に参画してゆく構図が一般的となろう。こうしたものづくりの流れの中に抵抗なく参入できるだけの陣容を備えておくことが中小企業においても不可欠である。「ものづくり技術の進歩が速く、高度技術者を早急に育成しないと業界から取り残されてしまうことは分かっているが自社で育成している余裕がない」これが県内中小企業の生の声である。90%以上が30人未満の中小企業である本県でさきの声に応えるべき役割は工科短大をおいては他にないのではないかと考えている。
図4 就職状況


(6)応用課程新設の必要性
 厚生労働省所管の短期大学校は当初、雇用能力開発機構が運営しているもの25校、県立7校であった。その後職業能力促進法の一部改正により開発機構の短期大学校に限り専門課程(現在の短期大学校課程)の上に応用課程(2年制)を設けることとし、平成11年度から平成13年度で11校の開設を終了した。応用課程の特徴は専門課程を一旦修了(卒業)し、再度入学試験で入る形のもので専門課程と連続した制度ではない。
 応用課程の教育目標を端的に言えば生産現場のリーダーの育成である。特定の専門分野だけでなく、関連する分野についても幅広く複合した技能と知識を持ち、新製品の開発、生産工程の構築に対応できる、将来の生産技術・生産管理部門のリーダーの育成を目指したものである。図5 企業と本校との関係・周囲の期待
 この課程を経た人材が県内中小企業の生産現場の核としてその能力を存分に発揮できればその効果は計り知れないものとなろう。本校にとっても専門課程に続く上の応用課程の制度をもつことは、さらに上に進みたい者、将来生産現場のリーダーを目指す者にとって大きな魅力であり、本校の活性化につながるものと思われる。
 応用課程を導入した場合の本校の姿をイラスト的に示したのが図5である。現在イメージしている応用課程の中身について若干触れると2年制で定員20人を考えている。特徴的なことは専門課程修了生、大学既卒者に加えて、企業在職者が共に学べる制度とし、とくに企業在職者については、2年目は卒業研究に入るので企業の課題テーマを企業に居ながら学べるような教育システムにしたい。また教授陣については本校の教員に加えて企業内の専門家および大学の教員を非常勤教員に配し、高度でしかも実践的な教育ができるようなカリキュラムを編成したい。
 ここでとくに断わっておかねばならないことは、この案は現在私案の域を出ないものであって、公に認められたものではないことを明記しておく。今後できるだけ早い時期に公に認められるよう関係機関に働きかけてゆきたいと考えている。
 以上大変概論的な内容のレポートになってしまいましたが参考にしていただければ幸いである。
 最後に執筆の機会を与えて下さった長野県中小企業団体中央会に対して感謝申し上げる。




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