「民事再生法」と中堅・中小企業
施行一年後の現状と課題

 景気の低迷が続く中で、企業倒産が相次ぎ、政府は倒産した企業を再建するための法律を見直し、その結果 、主に中小企業向けの企業再建法として、民事再生法が国会で成立し、平成12年4月より施行されている。
 こうした中で、法の施行により多数の企業が、この制度を活用し、再建に成功した中小企業もあり、また、その現状や課題についても次第に明らかになってきた。
 そこで、本会では、商工中金関連会社で、(株)日本商工経済研究所発行の「商工ジャーナル」2001年7月号より、同社及び筆者権田弁護士の同意を得て、記事を紹介します。
 なお、この記事に関する問い合わせ等は、同社出版部(電話・03-3437-0182(代))までお願いします。



「民事再生法」制定の目的・背景
民事再生法施行後の申立件数、再生計画認可件数
中堅・中小企業の活用事例(成功したケース)
利害関係者への影響
民事再生法を活用し成功するための課題と対応
中堅・中小企業の経営者に必要な経営姿勢


「民事再生法」制定の目的・背景

 民事再生法は、今から約1年前の平成12年4月1日に施行された。
 その目的は、経済的に窮境にある債務者の事業または経済生活の再生を図ることにある(民事再生法第一条)。つまり、そのまま放置すれば、経済的に破綻する恐れのある事業や経済生活を破綻させることなく、正常化させることを目的としている。
 従来、倒産五法と呼ばれる倒産法制が存在していたが、いずれも約50年から70年以上前に制定された法律であり、合理的で迅速な処理を必要とする現実の経済社会とは合致しない点が多く見られるようになってきていた。
 そこで、平成8年10月、法務大臣の諮問に基づいて、法制審議会倒産法部会による倒産法全般 についての見直し作業が5年計画で始まった。
 しかし、その後の平成大不況によって企業の倒産が急激に増加した。そのため、平成10年10月の法制審議会倒産法部会は倒産法全般 の見直し作業のなかから、緊急に対処が必要な中小企業等の再建型手続の整備を取り出して、その立法化を急ぐことになった。
 従来、大規模な株式会社の再建のための法的手段として会社更生法があり、中小企業や株式会社以外の法人が再建するための法的手段としては、和議法があった。
 しかし、和議法は俗に「サギ法」と呼ばれていたように、和議が成立しても和議条件の履行を確保する方法がなく、信頼性に欠けると批判されていた。そこで、和議法に代わる新しい再建型手続として民事再生手続の立法化が進行した。
 そして、民事再生法は、平成11年12月7日に衆議院本会議、同年12月14日には参議院本会議で可決・成立し、平成12年4月1日に施行されたのである。


民事再生法施行後の申立件数、再生計画認可件数

 帝国データバンクの全国企業倒産集計2001年3月報によれば、民事再生法が施行された平成12年4月から平成13年3月までの1年間で、民事再生の申立ては全国で804件に達している。
 再生計画の認可件数については、帝国データバンクの調査によれば、平成13年2月末段階で申立件数735件中、150件が認可決定を受けたことが判明しているそうである。もちろん735件のなかには、まだ債権者集会に至らない段階の事件が多数含まれているため、認可決定を受ける割合がそれほど低いわけではない。
 東京地方裁判所に限ってみると、第1表のとおり、申立件数の71%が債権者集会において再生計画が可決され、認可決定を受けている。また、同意再生および全額弁済による廃止決定を含めれば、全体の74%が成功裏に手続を終えている(園尾隆司「東京地裁における民事再生実務の新展開と法的諸問題」『季刊債権管理』第92号23ページ)。
 東京地方裁判所に申し立てられる民事再生事件の数は、全体の三割弱あり、特に東京の債権者だけが他の地域の債権者と動向が異なるという事情も見当たらないので、全国でも70%から75%は成功裏に手続を終えていると考えてよいであろう。



第1表 東京地方裁判所における
債権者集会・終局決定の状況

(平成13年2月28日現在)
債権者集会 可決・認可
否決・廃止
65件(71%)
9件(10%)
集会前に
終局決定
同意再生
廃止決定
(全額弁済)
廃止決定
(計画不能)
取下許可
棄却決定

2件(2%)
1件(1%)

5件(5%)

7件(8%)
3件(3%)

92件(100%)


中堅・中小企業の活用事例(成功したケース)

 筆者が所属する事務所が代理人として民事再生の申立てをし、債権者集会で再生計画が可決・認可された事例として、高伸建設株式会社の事例がある。
 高伸建設は、スーパーゼネコン等の官民各種建設工事を下請負している会社である。同社は、多額の支援をしていた子会社が結果 的に事業に失敗したこと、および建設不況のなかで予算管理を徹底できなかったことから、前年度営業損失を計上した。平成12年7月7日、東京地方裁判所に対し民事再生の申立てを行い、同年7月26日、再生手続開始決定が出された。
 申立て直後は、一部のゼネコンからは契約を解除され、また他のゼネコンは仕掛かり中の工事の継続は認めたものの、「再生計画が可決・認可されない限り、新規の発注はしない」と明言するところがほとんどであった。
 しかし、高伸建設はRADIX法という建設基礎工事に関する特許を有していた。この工法は、従来の工法と比較して工期が短縮でき、費用も安くすませることができる。
 高伸建設は、このRADIX工法による建設基礎工事の発注に全力を挙げた。その結果 、再生手続開始1ヵ月後から新規受注ができるようになり、その後の徐々に受注件数が増えていった。
 再生計画もこのRADIX事業を中心とした現実的なものを作成し、金融機関をはじめとする大口債権者に対しては直接説明に出向くなどして、各債権者の同意を求めた。
 その結果、平成12年12月6日に開催された債権者集会では、95%を超える賛成により、再生計画が可決・認可された。
 再生計画可決・認可から半年ほど経過した現在、同社は再生計画どおりの売上を確保している。予算管理も徹底しており、社長は「当初の再生計画よりも短期間で弁済できるようにしたい」と語っている。


利害関係者への影響

 民事再生の相談を受けているときに、相談者から質問されることの多いものの1つとして、取引先をはじめとする利害関係者へどのような影響が及ぶかということがある。
 再生に成功した高伸建設であっても、利害関係者へは多大な影響を及ぼした。
 中には金融機関の借入金さえ棚上げしてもらえば再生できると安易に考えて相談に来る会社もあるが、次に述べるような利害関係者に及ぼす影響の大きさに愕然として、申立てを断念するケースも多い。
 民事再生の申立てをすると、原則としてその日のうちに、監督命令と保全命令が出される。
 監督命令とは、申立会社について監督委員による監督を命ずるものである。監督委員には、破産管財事件を多く手がけた経験をもち、裁判所からも信頼を得ている優秀な弁護士が選任される。監督命令が出されると、一定の行為につき、監督委員の承認や同意が必要となる。
 保全命令とは、民事再生申立日の前日までの原因に基づいて生じた債務の弁済および担保の提供を禁ずるものである。すなわち、申立会社としては、支払いたくても支払えない状態になる。
 これは債権者に対する強力な抗弁となり、申立会社の再生のための武器となる。その一方で、経営基盤の弱い債権者のなかには申立会社からの支払いが受けられないため連鎖倒産するところも出てくることになる。
 特に建設会社などの民事再生の場合、協力業者から『労務費だから支払え」と要求されることが多い。しかし、民事再生法では、労務費を他の一般 再生債権と区別していないので、労務費であるという理由で支払うことはできない。
 幸い筆者が所属する事務所が手がけた民事再生事件で債権者が連鎖倒産したという話は聞いていないが、いずれにせよ、取引先に対する影響はきわめて大きい。
 他方、東京地方裁判所の扱いとして、保全命令の対象から除外されている債務もある。
 1.租税等、2.再生債務者とその従業員との雇用関係により生じた債務、3.再生債務者の事業所の賃料、水道光熱費、通 信に係る債務、4.再生債務者の事業所の備品のリース料、5.十万円以下の債務、の5つである。
 従業員との雇用関係により生じた債務が保全命令の対象から除外されているので、従業員の給料や退職金等は全額支払われないことになる。その意味では、従業員に対する影響はない。
 また、10万円以下の債務も保全命令の対象から除外されているので、これにより小額債権者は救済される。
 ただし、この10万円以下というのは、その債権者が再生債務者に対して有する債権額の「合計額」が10万円以下であることに注意が必要である。たとえ1件当たりの債権額がわずかでも、その合計額が10万円を超えた場合には、全額について保全命令の対象となってしまう。
 そのため10万円を超えた部分の債権について債権放棄して、10万円のみ支払いを受けるという方法もとられている。


民事再生法を活用し成功するための課題と対応

 民事再生の申立てをすると、売掛金の回収ができる一方で、保全命令により原則として従来の債務は支払わなくてもよい。運転資金に余裕ができる仕組みになっているのである。
 しかし、申立て後に発生する債務については、通常、従来よりも厳しい支払条件で支払わざるを得なくなる。また、売掛金の回収が予定どおり進まない事態も考えられる。
 すると、法律の仕組みがどうであれ、現実問題として、支出が収入を上回る事態が生じ得る。その場合、申立て時点である程度の手持資金がなければ、資金ショートを起こすことになり、再生は失敗に終わる。
 筆者の所属する事務所でも数多くの相談を受けているが、中には手持資金がほとんど枯渇した状態で相談に来られる会社もある。そのような状態で民事再生の申立てをしても、早晩破綻することが明らかである。そもそも第2表のとおり、負債額に応じて、裁判所に対し予納金を納めなければならないが、その予納金さえ揃えられない。このような会社に対しては、大変申しわけないが破産申立を勧めている。


第2表 東京地方裁判所における
予納金基準額

(平成13年4月1日現在)
負債総額 予納金
5,000万円未満 200万円
5,000万円~1億円未満 300万円
1億円~10億円未満 500万円
10億円~50億円未満 600万円
50億円~100億円未満 700万円
100億円~250億円未満 900万円
250億円~500億円未満 1,000万円
500億円~1,000億円未満 1,200万円
1,000億円以上 1,300万円


 民事再生法を活用し、成功するためには、ある程度手持資金に余裕がある時点から今後の資金繰り(キャッシュ・フロー)を想定し、あらゆる方法を検討する必要がある。その方法の1つとして民事再生の申立てを検討し、最良の方法として、手持資金が最大化する最良の時期に民事再生の申立てをするというのが望ましい。
 民事再生の申立てを検討する際には、申立て後の再生計画についてもある程度の青写 真ができていなければならない。
 自力で再生するのか、スポンサーを見つけてM&Aで再生を図るのか、自力での再生を目指すのであれば、どの事業を収益の柱とするのか、等々、検討すべきことは山のようにある。このようなことを検討もせずに見切り発車的に民事再生を申し立てても、成功はおぼつかない。
 民事再生の申立てをすると、当然のことながら信用力は低下する。この会社でなければできない、という何か特殊なものをもっていなければ、自力での再生は厳しいものとなる。
 先ほど成功例としてあげた高伸建設でいえば、RADIXがその「何か特殊なもの」に当たる。
 自力での再生が難しいということになれば、営業譲渡をはじめとしたM&Aを検討することになる。
 民事再生法の下では、営業譲渡は、再生計画外で実行可能となっている。裁判所の許可があれば、債権者の正式な承認は不要である。
 また、債務超過の株式会社であって、営業譲渡が事業継続のために必要である場合には、裁判所の代替許可を取ることによって、株主総会の特別 決議を省略することもできるので、短期間で実行可能である。
 営業譲渡の手法をとる場合、それが営業の1部の譲渡にとどまるのか、全部またはほとんどの譲渡になるのかによって、再生計画は異なる。
 前者の場合、営業譲渡代金と残した事業の収益とで弁済していく再生計画となり、自力での再生といってもよい計画となる。
 これに対し、後者の場合は、営業譲渡代金と現存資産で弁済し、会社を清算するという再生計画となる。民事再生において営業譲渡の手法をとる場合には、通 常こちらの方法がとられる。あくまでも事業を継続させることに主眼をおくものである。
 この方法によれば、従業員や取引先等の利害関係者への影響を多少なりとも抑えることができる。


中堅・中小企業の経営者に必要な経営姿勢

 中堅・中小企業の経営者から相談を受けてきたなかで、あくまでも筆者が個人的に感じた感想としていわせていただければ、中堅・中小企業の経営者には、常に現状の正確な分析と今後の動向を見極める姿勢が必要ではないだろうか。
 過去数期にわたる自社の収益状況の推移と現状とを分析し、今後の収益状況はどうなるかを社長自らが常に見極める必要があるように思う。特に資金繰りを重視する姿勢が重要である。
 そして、自社のみならず、その会社が所属する業界全体の動向も踏まえて、今、何をしなければならないかを常に考える姿勢が必要である。しばらく様子を見てから対処しようなどと考えているようでは、経営者失格である。そのような姿勢では、対処しようとしたときにはすでに手遅れとなり、従業員や取引先などの利害関係者に対し、きわめて重大な影響を与えることは必至である。
 さらにいわせていただければ、中堅・中小企業の経営者には、積極性と決断力が必要である。
 何か手を打たなければいけないとわかっていながら、抜本策を講じることもなくズルズルと経営を続け、ついに資金繰りに窮して破産に至る企業がいかに多いことか。
 相談者のなかには、業界全体が不況でこれだけ売上が落ちてきたと延々と話し始める方もおられる。しかし、そのような状況のなかで自社はどのような戦略で生き残っていこうと考えるのか、その積極的な姿勢こそが必要である。不況だから仕方がないと同情されるようではダメである。
 また、民事再生法を使って再生に成功した中堅・中小企業の経営者は、みな決断力が備わっている。決断すべきときに素早く決断できる経営者でなければ再生は不可能である、といっても過言ではないであろう。

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