新春特別寄稿

ITを活用した中小企業経営
-協同組合の取り組み-


信州大学工学部教授
中村八束氏



まず身近なところからITと中小企業について話を始めよう。長野県はこの分野では、少なくても古さにおいて全国に誇るものがあると思う。 


長野県中小企業情報センターの立ち上げ

 このセンターの立ち上げには、現坂城町町長の中沢一氏を中心として各団体から錚々たるスタッフが参加して、どのようなセンターにすべきかを長期に亘って検討した。全国で最初の試みであった。幸いにして著者もその作業に参加させていただくことができた。「検索」という言葉さえ珍しい時代であった。
  「うさぎのような小動物ほどまわりの状況を気にする」のと同じように、「小企業ほど情報に敏感であるべきだ」という信念が準備室のスタッフの間に信念としてあった。
 しかしオープンしてみると、大企業の利用が結構多く、動物の例のようではないことも分った。その理由として考えられるのは、自立的でない中小企業が結構多かった、ということだろうか。親企業頼み、協同組合頼みのところが多く、そういう所はそれほど情報を必要としない。
 同センターの「情報検索」を中心にした機能がその時代にマッチしていたかどうかはまだ分らない。しかし最近の同センターのインターネットサービスには目を見張るものがある。インターネットで検索をすると実にたくさんの、長野県下の中小企業が出てくる。それらの多くが、同センターにサーバを置いている。また中小企業の方から名刺をいただくと、メールアドレスが同センターのドメイン名(アドレス)になっている。それらを見聞きするにつけ、センターの立上げが無駄に終わらなかったことを喜ぶと共に、立上げ後から現在に至るセンターの職員の方々の御苦労に感謝する気持ちになる。


中小企業大学校コンピュータコース

  県、および中央会が長年に亘って力を入れてきたものに、「中小企業大学校コンピュータコース」がある。これも全国で最初の試みであった。この事業にも、講師あるいは企画者として加わらせていただいた。ITはなんといっても人材である。その意味でまことに重要な企画ではある。すでに何千人という卒業生がパソコンやインターネットを企業内で多かれ少なかれ使えるものとして県下に散らばっているはずである。これは県の産業の相当の基礎力になっているはずである。県下の企業をまわると、講習会でお世話になりました、という人によく出会う。


組合のインターネット化

 近年携わらせていただいているものに、中央会の事業としての「組合のインターネット化」がある。年々、参加組合が増え、ホームページも充実してきたことは喜ばしいことである。企業が個々に発信するほかに、組合が発信することに意味があるのか、という疑問もあったが、今はむしろ個々の発信を組合が助ける、という形が多い。これから、組合という信用をベースに、eコマースへ進んでゆくことを期待している。


予測-お手本の無い時代

 以上、著者が関った3つの動きを述べてきた。まず、中小企業情報センターの設立に関していうと、「経営情報の活用」という命題は古くて新しいものであろう。
 しかし、この命題は今日全く新しい段階に入っている。その例として、「携帯電話の普及は我が社にどのような影響をもたらすか」という問題を取りあげよう。
 インターネットによっても、あるいは中小企業情報センターのデータベースによっても、携帯電話の普及の統計データは容易に入手できる。さて、それから先が問題である。液晶やICの需要なら比較的簡単にそこから計算し推定できる。しかし、「婦人服業界への影響は?」ということになると、計算はそう簡単ではない。従来、こういうときはアメリカへ見にゆくのがよかった。しかし、携帯電話の普及は日本の方が上である。最早、お手本とするところはない。
 こういうときは、3つのことを心がけるしかないと思う。
 その1は、論理的に考えること。若い女性は何万円も携帯の支払いに使ってしまう。彼女達の給与は減少こそすれ増えてはいない。結論:彼女達は洋服代を節約する。従来の若い女性向の婦人服は売り上げが落ちると共に安売り店があればそちらへ行ってしまうだろう、といえる。「風が吹けば桶屋が儲かる」、ような話であるが、そういう論理的推論が必要であることは間違いない。
 その2は、他人の話である。従来と違って、必ずしも「業界筋」の人脈を意味しない。若い娘の意見であったり、論理の飛躍を指摘してくれる、少々理屈っぽい友人の方がよいかもしれない。
 その3は、現場主義である。実際に何が行われているかを実地に確めるという、逞しさ。
 これからの将来予測は自分の工夫が重要になり、従来の方法は役に立たない、ということである。


経営情報システム

 次に、社内の経営情報システムについて考えよう。色々な意味で、中小企業の経営者といえども、社内の状況が時々刻々把握できなければいけない。従来、「グループウェア」なるものが普及しているが、必ずしもそのような高価なものはいらないだろう。むしろ、協同組合内のような、企業の外までネットワークを広げる場合を考えると、一般的なメールやWEBページの活用を考えた方がよい。
 これから、技術さえあれば、システムの構築にお金のいらない時代になる。コンピュータは古いパソコン1台で10分。ソフトはLINUX(リヌックス)という只のもので10分。データベースソフトはO社の高いものを買わなくても、只のものがいくつか手に入る。インターネットはNTTに高い料金を払って高速回線を入れなくても、ケーブルテレビのインターネットや農村有線のADSLインターネットを入れれば安い(農村有線のADSLサービスは長野市川中島有線が全国の先陣をきって実現させたものである)。
 社内の案件は原則としてメールでやりとりする。報告書もしかり。WEB上の掲示板に自動的にメールが分類されて記録され、どれが未決であるかを表示できるソフトも出始めている。
売り上げデータも、労働時間も、入出庫もみなWEBページに直接入力させればよい。パソコンでなくても、電子手帳やiモードの携帯電話も、入力端末になる。
 経営者はiモードの携帯電話をもっていれば、自社内の状況が、迅速にかつ正確に、どこからでも把握できる。社長が社長室の立派な椅子に坐わっている時代ではない。むしろ営業などのために率先して飛び回っていなければいけない。
 スケジュールも、会社の人的資源の管理として、WEB上で全従業員のものが見えるようにしたらよい。ワンマン経営者はよく、自分のスケジュールは載せたがらないが、社長こそが最大の人的資源であるとすれば、率先して載せるべきだろう(勿論内容まで全てを全従業員に明らかにする必要はないが…)。
 社内の多くの自動機の稼働状況も何らかの方法でWEBに出るようにするとよい。将来は地球の裏側の国の外国人が、自国からこちらの工場の夜間監視をしてくれるようになるかもしれない。
 社内の諸データの分析も、最近の手法を使えば簡単である。例えば、グラフ表示など、WEBに入力されたデータをもとに自動的に描けてしまう。WEBのデータをCSV形式というものにしておけばWEBから簡単に手元のパソコンのエクセルへ読み込んで自由に加工できる。


IT技術者の教育、アウトソーシング

 次に、中小企業大学校に関連して、中小企業におけるITの教育問題を取り上げよう。これは、中央会や組合の力を借りて、個々の企業の教育をしてゆく、という方法の他に、今信州大学工学部の我が情報工学科が計画するインターネット大学院で社員を学ばせる、という方法もある。これだと働きながら学べるので、企業の負坦は少なく、反面、効果は大きい。
 またIT関連の人材不足が言われるが、他方、いわゆるSOHOの人達はたくさんおり、仕事が無くて困っている。アウトソーシングを上手に行なうことも、これからの中小企業には大切であろう。



中小企業と組合における インターネットの活用

 組合のインターネット化に関連して述べると、対外的なものとしてのWEBページの有り方をしっかりと認識した方がよい、ということを述べたい。WEBページはこれからは企業の看板である。ひところ、「お金になるならホームページを出してもいいのですが」などと言う経営者がいた。しかし、「お金になるなら看板を出すのですが…」などという経営者がいるだろうか?
 またホームページに、社長の挨拶やらを戴せるが、この製品を購入するにはどうしたらよいかを書いてないものも多い。「代理店に頼っているからインターネットでの直販はできない」、という人もいる。それなら代理店の一覧と価格を戴せたらいいじゃないか、と思う。また「特注品しか作っていないし、インターネットで注文を受けても忙しくて応じられない」という人もいる。「うっかり今まで取り引きがなかった所と取引すると、親企業に見放されてしまう」、という。それが現実かもしれない。そのような自立していない企業ではホームページの自社内活用を考えたらよい。
 WEBページを出しても、社長を始め社内の誰も見ていない、という例も多い。これからはそのような杜撰なホームページは企業の生命取りになりかねない。定価などを改定しないままのホームページなど、ちょっとうるさい消費者にごねられたら苦労するし、訴えられたら負けるかもしれない。経営者自らがインターネットをしっかりと意識して使っていないと、これからは経営者として失格だろう。



知と汗-真のネット時代

 中小企業こそが情報を使いこなすべき、ということは今も真実であると思う。そしてそれができる環境が整いつつある。情報の取得は勿論、製品の販売も宣伝も可能である。ネットワークがあれば、協同組合などを通じて、仕事の分坦も容易にできる。予約システムなどによって、資源の共有も簡単である。共同仕入れなどの共同歩調をとるのも容易である。
 これまでの中小企業が、働く人達の「汗」で支えられていたとすると、そこにITという「知」が必要である。血と汗、でなく「知と汗」こそが、ネットバブルでない、真のネット時代を築くはずである。


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